2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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●活動報告(2005年5月1日)

○スヌドン郡、塩づくり支援

 3月24日の活動報告でも流しましたが、スヌドン郡で塩づくりを再開した女性たちの支援として、必要な器具の供与をおこないました。支援をおこなったのは、トゥピン・クユン村45世帯(2709万7500ルピア)、マタン・ラダ村・東ウレェ・ルベック村あわせて 52世帯(3246万6000ルピア)の計97世帯です。
 スヌドン郡は、北アチェ県でもっとも東に位置し、ロスマウェの町から村まで約2時間かかります。スヌドン郡だけではありませんが、ロスマウェや幹線道路から遠い村ほど、支援の手が届きづらくなっています。
c0035102_21354196.jpg まずトゥピン・クユン村では、津波前から、女性たちがグループをつくっていました。ただ、あまり機能しないまま、津波が起きてしまい、今回の支援をきっかけに、再度グループづくりもおこないました。代表、書記、会計が選ばれ、メンバーが週2000ルピアの会費を払うことが決まりました。毎週2000ルピアは、けっこう厳しいのではないかと思うのですが、女性たちがそう決定したのです。
 その後、友人が、グループの意味を話しました。わたしたちが支援したのは、塩づくりに必要な器具だけですが、集めた会費で、塩水を煮るためのジャンボ(小屋)を建てるなど、グループのニーズを満たしていけるという説明に、女性たちもうなづいています。昨日(4月30日)のプソン・バル村での「トラウマ」も、こうやって自分たちの手で復興していこうという女性たちに会うと、癒されるような気がします。
c0035102_21362257.jpg グループの代表から一人ひとりに器具が手渡され、無事、トゥピン・クユン村での支援はほぼ終了です。
 つぎに東ウレェ・ルベック村に向かいました。ここではマタン・ラダ村からの4世帯も塩づくりをおこなっています。3月にその話を聞いたときは、村同士で衝突が起きないかしら、とも思ったのですが、津波以前からそのようにして問題がなかったそうです。
c0035102_2137827.jpg ただ、トゥピン・クユン村とは違って、グループがあったわけではなく、そのまま器具を供与しました。みなで運ばれた器具を、一人ひとりのセットに組んだり、おじいさん、おばあさん、おじさん、おばさん、子どもたち総出で、それぞれのジャンボまで運んだりしているのをみて、ほっと一安心です。
 ちなみにスヌドン郡の塩は竹で数えて売られています。わたしも竹2筒分購入しました。ニンジャ周辺の講演会などで販売していますので、見かけたら、ぜひお声をかけてくださいね。
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by NINDJA | 2005-05-01 23:33 | NINDJAの救援活動