2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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●活動報告(2005年7月11日)

○西クアラ・クルト村の状況(6月12日、24日に送られてきた報告を翻訳)

 タナ・パシール郡西クアラ・クルト村の49世帯のうち21世帯はすでに元の村に戻りました。残りは、マタン・ウリム村の仮設住宅で生活しています。元の村に戻った住民のうち 15世帯は「セーブ・ザ・チルドレン」から家(5×6メートル)を支援されました。仮設住宅で暮らす住民は、村に戻るにはトラウマを抱えており、支援を受けていません。

c0035102_0171431.jpg 5月15日、西クアラ・クルト村の住民に蚊帳と漁網を供与しました。その際、人びとから、サムドゥラ郡ブラン・ニボン村から西クアラ・クルト村への道路に穴が開いたため、修繕するための石・土を支援して欲しいと頼まれました。この穴があると国境なき医師団の飲料水支援トラックが村まで入りたがらないのです。
c0035102_0172465.jpg この穴は、セーブ・ザ・チルドレンが言え建設用の資材を運ぶときにできたものなので、セーブ・ザ・チルドレンに修繕を要請したそうですが、すでに家を支援したという理由で拒否されてしまったそうです。人びとが飲料水を得るためにも、道路修繕は必要だと判断し、5月25日、トラック1台分の石・土(29万ルピア)を支援しました。人びとは、すぐに協力して、道路の穴を埋めました。

c0035102_0173651.jpg 5月29日、小学1~5年生に、ジョンソン製の自転車7台(1台27万ルピア)を供与しました。津波で子どもたちの自転車が流されてしまい、3km離れたブラン・ニボン村の小学校まで歩いて通わなくてはならなくなってしまったためです。ジョンソン製を選んだのは、手入れがしやすく、あらゆる年齢層の人がつかえるためです。供与に際しては、子どもたちが自転車屋で、自分の好きな色を選べるようにしました。

c0035102_0175823.jpg 人びとは、政府から18艘の漁船の支援も受けました。しかし漁網(120万ルピア)の支援がなかったため、まだ漁に出られずにいます。わたしたちが支援したジャラやカドラ(魚の種類)を獲る網をつかって、子どものお小遣いや生活費を稼いでいます。

c0035102_0174875.jpg ゴザ編みをおこなっていた女性たちが、支援を望んでいます。ゴザの材料になるパンダンの木は植えてから1年たって、はじめてゴザを編めるまで育ちます。木は、ヤギを防ぐため、柵で囲わなくてはなりません。女性たちは、この柵をつくる資金の支援を要請しています。写真にある2つのモチーフが、津波後も生き残ったもので、女性たちは、これを再生させることを強く希望しています。
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by NINDJA | 2005-07-11 00:18 | NINDJAの救援活動