2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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●活動報告(2005年11月18日)

○レバラン手当てを配る
 断食月も終わりに近づいた11月1日、ロスマウェの事務所で、わたしたちの活動の責任者になってくれている津波被災村の人びとに、レバラン(断食月明けの大祭)手当ての配給をおこなったそうです。ムスリムの人びとにとって、レバランはもっともうれしい日です。
c0035102_081057.jpg 配ったのは、砂糖、シロップ、レバラン祈祷のときにつかう腰巻。シロップは高めの、人びとが買うことができないものを準備したとか。友人いわく、人びとはレバラン手当てをもらったことがなく、遠くの村からもロスマウェまで来てくれたそうです。
 ランチャン・バラット村のおじさんは、「レバラン手当てをくれた人びとが長生きして、たくさんの祝福がありますように」と言ってくれたとか。つまりカンパしてくださった日本のみなさまのことですね。
c0035102_082157.jpg ところで、夏以来、ロスマウェの事務所とはSKYPEで頻繁に連絡をとることができるようになりました。「アチェがなつかしい。前に送ってもらったマタン・スリメン集落の写真をみて、思わず涙してしまった」と言ったところ、最近、頻繁に写真を送ってくれます。写真は、北アチェ県パントン・ラブからスヌドン郡に向かう自由アチェ運動(GAM)メンバーの行進だそうです(2005年9月14日)。和平合意以前では考えられない光景です。

○ロスマウェからの最新活動報告
<ロッ・ウンチン村>
 5×5mの井戸はほぼ完成しました。残りは屋根と囲いを残すのみです。ムナサ(村の祈祷所、集会所)とトゥンク・ダウド(ロッ・ウンチン村のイスラーム指導者)の家の前の水槽はセメント塗りが終わっていません。セメントがなくなってしまい、本日(11月14日)、20袋追加注文しました。今週中にはすべて完了するはずです。水量は豊かで、10t以上あると思います。
<マタン・スリメン集落>
 水道はすでに使用できるようになっています。住民によれば、非常に助かっているとのことです。いまは川まで水浴や洗濯に行く必要がなくなりました。
<西バクティア郡>
 ムナサ・ハグ村への漁具の追加支援を11月11日におこないました。ただ、まだ住民には配られていません。今週中に、80%ほど完成しているブランデ・パヤ村、ブラン・ル村へのブベェ、アンベ、バンデン用漁網とともに配給することになります。
 ロッ・ウンチン村には、まだ海兵隊員が駐屯していますが、少し平和になりました。住民は海兵隊詰所に出頭せず、海に出られるようになっています。いままで海兵隊員が作戦のために住民にオートバイを出させていましたが、それもなくなりました。
 この地域のGAMメンバーも、和平合意覚書が調印されて以来、村に戻るようになっています。ただ海兵隊員と出くわしても、海兵隊員が先に挨拶しない限り、 GAMメンバーは挨拶したがりません。
 ほかの地域でも、GAMメンバーはみな村に戻っています。みな農業や商売など、再び熱心に働くようになっています。もっとも怠け者のGAMメンバーは、夜警所でぼーっとしたり、友だちの家を訪れたりするだけですが。
 覚書調印後、景色に変化がありました。道路や市場で、しばしば長髪の男性を見かけるようになったのです。外見にいかにもGAMという特徴があって、住民はすぐわかります。(11月14日の報告)
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by NINDJA | 2005-11-19 00:09 | NINDJAの救援活動