2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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●チャラン人口、30%を残すのみ

 アチェ・ジャヤ県知事ズルフィアン・アフマドは、まるで原爆を落とされた町の敗戦司令官のようだ。アチェ・ジェヤ県庁所在地チャランは、県庁舎、裁判所、魚市場、刑務所、何もかもが倒壊した。
 被災から2週間たつ今日まで、援助もボランティアもほとんどない。チャランの状況は、ムラボーよりひどいにもかかわらずである。食糧も医療支援も不足し、遺体収容もほとんど終わっていない。
 アチェ西海岸沿いの小さな町は、もともと1万1500人の人口を擁していた。「いま30%を残すのみだ」ズルフィアンは語る。
 ズルフィアン県知事の家族も全員、行方不明になったか死亡した。たまたまバンダ・アチェにいた一人の子どもを除いて。生き残った助役とともに、ズルフィアン県知事は現在、インドネシア海兵隊のテントで暮らす。
 家を失った数千人はいま、丘陵地域に避難した。彼らは、あらゆるものから緊急テントを建てている。テント地、ビニール、それどころか遺体袋までがつかわれている。遺体を処理する人員が足りないために、遺体袋もあまっているのだ。
 食糧は比較的十分であるとはいえ、排泄物や遺体のにおいが混ざり合い、清潔な水も得るのが難しく、下痢などの病気がすでに広まりはじめている。
 「食糧と、避難民のためによりよいテントが必要だ」とズルフィアン県知事は語る。チャランへのコメ供給は十分だが、トゥノムやパンガなど周辺から来る避難民に対しても与えられるため、あと数日で尽きると考えられている。(後略)(Pena Indonesia, 05/01/09)
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by NINDJA | 2005-01-09 12:00 | 被災状況