2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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●活動報告(2006年2月9日)

○援助がNGOを崩壊

 2月8日、バンダ・アチェを経由して、ロスマウェ市に戻りました。津波後5回目となります。
 バンダ・アチェ市内中心部の復興は目覚しく、1年前にはまるでゴーストタウンのようになっていた地域では、新しい店も開かれ、賑わっています。「Tsunami Sejahtera(豊かな津波)」と名づけられた店もあり、人びとのたくましさを感じさせられます。
 いっぽうで地方の復興は進んでいないようです。なにより問題となっているのは2点。
 あまりに莫大な援助が流れ込んだため、NGOはほぼ壊滅状態です。紛争中も活動してきた友人の多くが、国際機関などからの援助で使途不明金を出したり、法外な給与をとったりし、被災者との距離が広がっています。2月1日の"Harian Rakyat Aceh"でも、「津波繁栄、アチェNGOを崩壊させる」と報道されました。このような動きについて、「NGOは『売春婦』に陥った。いや、そういっては『売春婦』に失礼だ。彼女たちは、自分のもつものを利用し、売っている。NGOは民衆を利用し、民衆の財産を売っているのだ」という意見まで、メーリングリストに寄せられています。
 また、被災者はまったく復興プロセスに参加していません。ほとんどの被災者は、自分たちが受けた支援について、どこからのものか、予算がいくらだったのかを知りません。そのため予算より少ない額しか受け取っていないというケースは、各所で垣間見られます。

○今後の活動

 津波後1年間、インドネシア民主化支援ネットワークは、とくに関係の深い北アチェ県、ロスマウェ市の36カ村でで支援活動をおこなってきました。2005年後半は、軍事作戦が激しかったり、遠隔地であったりしたために、援助が届きづらいスヌドン郡、西バクティア郡、タナ・パシール郡、そしてハンセン・コロニーの2カ村で、生活を立て直すための支援を集中的におこないました。
 本日、ロスマウェの友人たちと、今後の活動について話し合いました。わたしたちが協力している団体は、もともと、軍事作戦によって夫を殺害された女性たちの支援をしてきたこともあり、今後は女性を対象とした支援をおこなうことになりました。
 では、どのような女性を対象とするのか。仮に、とくに貧しい女性を対象とした場合、では誰が「貧しい」範疇に含められるのか。貧富の格差に関係なく、「援助は同じように配ってこそ公平」という考えの被災者もいるため、問題が発生する可能性が高くなります。津波によって夫を亡くした女性、もっと広く寡婦ということであれば、対象は明らかです。しかし、多くの援助団体が、このような女性を対象としたプログラムをおこなっているため、寡婦ばかりが援助を受けることになる恐れがあります。
 そこで友人たちからは、各村に、たとえばミシン数台置いた簡単な施設を建設し、そこで働きたい女性が自由に働き、現金収入を得ることができるようにしてはどうか、という案が出ました。そこで、それぞれの村の女性たちの能力に合わせて、いくつかのプログラムを準備し、たとえば縫製技術を伝えられる「先生」を準備するとともに、女性たちに市場へのアクセス、女性グループの運営方法その他をトレーニングしていくことになりました。
 これまで支援してきたエビ漁や、塩づくりは、季節に影響されやすいことから、季節に関係なく現金収入につながるプログラムを策定していきたいと考えています。
 道具を支援して終わりというものではなく、長期的な取り組みとなります。みなさまからのよりいっそうのご支援を寄せていただけると幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
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by NINDJA | 2006-02-09 20:06 | NINDJAの救援活動