2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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●活動報告(2006年2月21日~22日)

○泥棒に遭う
 この1週間、津波被災者支援活動が少し停滞してしまいました。20日未明、我が家に泥棒が入ったのです。朝4時ごろ、友人の「泥棒! 泥棒!」という声で目が覚めました。隣の部屋の窓をこじ開けられ、窓についている鉄柵のあいだから、活動を記録するために東京からもってきていたハンディカム、デジカメなどを盗まれました。友人たちの身の安全のほうが大事ですので、物品が盗まれたぐらいで済んで幸いではありました。
 泥棒後、さまざま「興味深い」話がありました。我が家の近くのある地域が、「泥棒の巣窟」と言われていること。ここに住む知人の話では、麻薬や大麻の売買もおこなわれており、買いに来ているのが国軍兵士や警察官だということ。つまり国軍・警察のバックアップを受けている彼らが、捕まるわけはないようです。
 盗難届を出しても、警察の対応が笑えます。保険のために、報告受理書を出してもらおうと思ったのですが、警察にあるパソコンは古いし、パソコンもつかえないらしく、以前の報告受理書に上書き+上書き保存するだけ。以前の報告受理書は、どこにいってしまうのでしょう? さらにカネまでせびられ、予想どおりの対応です。ちなみに、受理してくれた警察官、噂では麻薬漬けだとか。たしかに、言動は奇妙でした。

○3年ぶりに内陸部の村へ
 03年5月の軍事戒厳令以降、04年12月の津波まで、わたしは北アチェ県に来ることができませんでした。外国人の入域が事実上禁止されていたためです。津波支援で北アチェ県に戻ることはできましたが、津波被害を受けた海沿いの地域に限られていました。
 21日、3年ぶりに、内陸部の村に行くことができました。久しぶりに会った女性たちは、本当に暖かく迎えてくれました。
 お茶をごちそうになり、『アチェの声』(pp.80~82)で登場したピナン倉庫をまで、連れて行ってもらいました。男性が後ろ手に縛られ、目隠しされ、拷問された場所です。
 ピナン倉庫からの帰り道、2人の女性が左右から、軍事戒厳令中の体験を語ってくれましたた。1人は、父親を殺され、弟が自由アチェ運動(GAM)メンバーになり殺された経験をもっています。彼女はGAMと結婚し、軍事戒厳令中、夫の身代わりに監禁され、後ろ手に縛られ、目隠しされ、レイプされそうになったそうです。夫をおびきよせるためだと言われました。
 もう1人は、夫が庭でヤギ小屋をつくっているのを、国軍を監視していたと言いがかりをつけられ、暴行されました。もう年老いていて、いまも殴られ、蹴られたところが痛むそうです。
 2人とも、和平になってうれしいが、つづくとはまだ確信できないと言っていました。

○「傷つけられたけど、癒されていない」
 22日、我が家に軍事作戦の犠牲となった女性たち(計6カ村)が集まりました。津波前から、インドネシア民主化支援ネットワークは、地元のNGOと協力して、国軍に父親を殺害された子どもたちに奨学金を出しています(詳細はホームページを参照)。和平後の現在、この女性たちにどのような支援が必要なのか、女性たちのグループが自立していくために何が必要か、女性たちと話し合いました。
 会議の前、女性たちに和平について尋ねました。全員が口をそろえて「うれしい」と言いました。しかし、和平について満足しているわけではありません。彼女たちは、「傷つけられたけど、癒されていない」とはっきり言いました。国軍にレイプされた女性、夫を殺害された女性、夫の身代わりに拷問された女性…。彼女たちは、和平がつづくことを期待しつつも、まだ不安感をもっています。

○「エンジンの音を聞くと悲しい」
 22日夕方には、津波被災地であるサムドラ郡ブラン・ニボン村の漁民のおじさんが遊びに来ました。彼も、テレビのニュースで国軍が和平について語るのを聞いて、「和平がつづくとは思っていない。必ず、また(紛争が)起きる」と考えているようです。
 なおインドネシアでは、05年10月、燃料費が値上げになりました。IMFの構造調整政策のなかで、燃料費補助金がカットされたためです。値上げにともない、諸物価がほぼ2倍に上がり、人びとの暮らしを圧迫しています。
 ブラン・ニボン村の漁民のおじさんの場合も同じです。津波被災者への支援で漁船を得たのですが、これまでの軽油から灯油に切り替えざるを得ませんでした。彼は「エンジンの音を聞くと悲しくなる」と言います。
 燃料代を払うと、1日の収入が1万5000ルピア程度しか残らない、ときには赤字になることもあり、いまや漁具を売る店に70万ルピアの借金を抱えているそうです。
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by NINDJA | 2006-02-23 09:11 | NINDJAの救援活動