2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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●遺体を背景にポーズをとる地元観光客

 アチェでは、22日間にわたって、数千人のボランティアが動員されて、津波による瓦礫の整理がおこなわれているが、依然として多くの遺体が収容されずにいる。
 たとえば、ナガン・ラヤ県のチャランでは、到達困難な地点での遺体が収容されていない。瓦礫の山を崩す重機がないことも、収容に長い時間を要する原因となっている。チャランでは、海兵隊と住民あわせて140人が遺体収容にあたっているが、1日600ml入りのミネラル・ウォーターを与えられるだけである。この2日間以来、少なくとも288の遺体が腐乱した状態で発見された。そのほか、遺体を収容する人たちに対してコレラの予防接種などがおこなわれる必要があるという。
 大アチェ県のロッ・ンガでは、瓦礫のなかから数百の遺体が発見されているが、遺体を運ぶためのトラックを待つあいだ、遺体袋に入れられて道端に放置されている。そのため、野犬が遺体の周りに集まっている。
 「興味深い」ことに、ロッ・ンガ、ウレ・レェなど、津波に襲われ破壊された地域が、観光地になっている。多くの住民が、ピクニックに行くように、カメラをもってやって来て、なかには廃墟や道端に置かれている遺体を背景にポーズをとっている者もある。バンダ・アチェで、そのような光景が多々見られる。
 さらに奇妙なことに、ロッ・ンガでは、米国のヘリコプターで投下された20kg入りのコメ袋を、これら地元の旅行者たちが得ている。(Jawa Pos, 05/01/19)
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by NINDJA | 2005-01-19 12:00 | 被災状況