2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


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●避難民キャンプでの発砲、不安を高める

 20日、AP通信社の記者とカメラマンがアチェ州都バンダ・アチェからおよそ32km離れたランブレの避難民キャンプで取材しているとき、近くの丘から4発の銃声が鳴り響いた。キャンプにいる被災者200人は叫び、カバーに潜り、祈りの言葉を唱えた。反乱者の姿も、インドネシア国軍兵士の姿もキャンプからは見えなかった。被災者に負傷者はなく、銃撃も、彼らに向けられたようには見えなかった。
 誰が発砲したかは明らかになっていないが、地元の軍司令官ベニー・スハルト少佐は、国軍が丘陵地帯で作戦を率いていたと述べている。「あれは反乱者の拠点だ。反乱者が問題を起こしたため、実行した」と語り、それ以上のコメントを拒んだ。
 いっぽう反乱者の広報担当トゥンク・ムハラムは、20日の事件について気づかなかったと語っている。「国軍はしばしば、われわれを挑発するため、空に向けて発砲する。津波後、われわれは攻撃を仕掛ていないし、防衛のためにしか発砲していない。いまはアチェ人にとって悲劇的な時期なのだから」
 インドネシア陸軍参謀長は同日、非公式な停戦にもかかわらず、この2週間で少なくとも120人の分離主義反乱者を殺害したと主張している。(AP, 05/01/20)
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by NINDJA | 2005-01-20 12:00 | 軍事作戦・人権侵害