2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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●国軍、外国人ジャーナリストへの締め付け強化

 「国境なき記者団(RSF)」は27日、アチェにおける外国ニュース・メディアに対するインドネシア軍の不寛容な姿勢が強まっていることを憂慮を示している。少なくとも5人のジャーナリストが短時間拘束されたり、アチェを出るよう求められた。また、新しい規則がアチェでの取材活動を規制している。
 RSFは地震・津波災害の影響を受けた地域へのアクセスを制限するべきでなく、国内外の報道関係者へ特別な規制をかけるべきでないと訴えている。
 RSFはまた、1月24日に米国人フリー・ジャーナリストであるウィリアム・ネッセンを強制退去させたことに対する説明を当局に求めている。
 ウィリアム・ネッセンは1月2日に合法的にアチェに入り、1月23日にアチェを去るときに入国管理局に逮捕された。これはあきらかに国軍情報部の要請だったという。
 1月7日、『オーストラリア』紙のマーティン・シュロブとレニー・ノウィツゥァガー がインドネシア軍兵士にアチェを去るよう脅された。これら兵士はGAMと交戦を交えた直後だった。
 12月29日、『シカゴ・トリビューン』紙記者マイケル・レブとインドネシア人アシスタントであるハンデウィ・プラメスティがムラボーで軍に捕まり、28時間拘束された。
 12月26日から数百人の外国ジャーナリストがアチェに入っている。ユドヨノ大統領の奨励で、当局は津波被害に遭った地域を報道陣に大きく開放した。しかし、国軍はジャーナリストと人道支援ワーカーに対してバンダ・アチェとムラボーの2都市にしかアクセスを認めないという方針を打ち出し、治安を理由に、行動計画を報告しないジャーナリストを強制退去させると脅している。
 カナダ国営放送局のブルノ・ボナミゴは「国境なき医師団」に同行して、ピディ県のシグリに行こうとしたが、当局から阻止された。
 アチェの報道機関は津波で甚大な被害を受けた。地元ジャーナリスト約20人のが死亡、または行方不明になっており、ほとんどのニュース・メディアが破壊された。しかし、国際援助により津波から数日後には日刊『セランビ』が復刊した。
 2003年5月に発令されたアチェの軍事戒厳令は報道に厳しい制限をかけ、GAMとの血なまぐさい闘いを取材するジャーナリストを沈黙させた。そして国内外のジャーナリストがアチェで取材できる唯一の方法は、国軍に同行する従軍取材になってしまった。アチェにある数少ないニュース・メディアは厳しい監視下に置かれている。(RSF, 05/01/27)
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by NINDJA | 2005-01-27 12:00 | 外国軍・援助機関の規制