2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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●活動報告(2005年2月5日)

c0035102_1444155.jpg○北アチェ県避難民キャンプに物資供与
 インドネシア民主化支援ネットワークは4日、北スマトラ州メダンからバスでロスマウェ市に入りました。地元NGOと話し合い、はじめの1週間ほどは、北アチェ県、ロスマウェ市にある避難民キャンプをまわり、避難民のニーズを聞いたり、避難民数や被災状況を確認したりすることになりました。その後、短・中・長期的にどのような支援が必要かを、避難民、地元NGOと話し合ったうえで決定する予定です。
 5日は、まずチュッ・ムティア病院の避難民キャンプを訪れました。ただ避難民のニーズや数を確認するだけでは申し訳ないのと、ニーズや数が確認できていない状況だったため、ほかの援助物資と重ならないと思われる物資を少しだけ運びました。以下、チュッ・ムティア病院の避難民の状況と届けた物資についてご報告します。

○チュッ・ムティア病院の避難民(ブラン・マンガット郡3カ村)について
c0035102_1452083.jpg1. ジャンボ・メスジッド(Jambo Mesjid)村
・津波によって28人が死亡した。生き残った132世帯535人が避難している。
・井戸はなく、付近の村の井戸をつかわせてもらっている。マンディ(水浴)場、トイレは3カ所ずつしかない。
・とくに必要なのは、バケツ、飲料水、蚊帳。
・マラリア、痒み、下痢、咳、嘔吐などの症状が出ている。
・住民は漁師だが、舟を流され、また海に行くことにトラウマもあるため、漁には出ていない。
・津波に襲われた村も訪れたが、ほとんど家は残っておらず、エビ・魚の養殖池も全滅。

c0035102_1461751.jpg2. クアラ(Kuala)村
・津波によって4人が死亡した。生き残った182世帯のうち134世帯602人がチュッ・ムティア病院に、48世帯220人がブラン・マンガット刑務所に避難している。
・30%の家が完全に倒壊した。半壊したのも含めると70%くらいが被害を受けている。
・ロスマウェ市政府から1回援助を受けただけ。
・現在、住民たちは赤十字国際委員会(ICRC)から与えられたビニールシートをつかい、自分たちでテントを建設している。
・80艘程度あった舟のうち残ったのは15以下。
c0035102_1471822.jpg・トイレは1カ所だけ。野外に小便用トイレをつくっているが、1m程度の高さのビニールシートで囲っただけ。女性もこのトイレを使用する。
・共用の台所があるが、コンロは1つしかない。

3. ブラン・チュッ(Blang Cut)村
・250世帯1100人のうち、とくに家を失った22世帯103人が避難している。
・村に戻った人びとも、舟が波で流されたため、仕事はない。避難民もすることがなく、ただぼんやりしているだけ。
・とくに必要なのは、コメ、食用油、灯油、蚊帳。コンロは各自もっている。
・村に戻りたいが、家を建てる資金がない。

4. 運んだ物資
 以下、ジャンボ・メスジッド村に4分の1、クアラ村に2分の1、ブラン・チュッ村に4分の1を配分しました。
・キャンディ 40袋
・クラッカー 192袋(16ダース)
・ビスケット 96袋(8ダース)
・子ども用ミルク 192個(16ダース)
・生理用ナプキン 200袋
・石けん 288個(24ダース)
・洗剤 400個
・歯磨き粉 400個

合計 364万6000ルピア=4万1432円(1円=88ルピア)
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by NINDJA | 2005-02-06 02:22 | NINDJAの救援活動