2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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●東アチェ県で人権侵害つづく

*以下の特別リポートはアチェの地元人権団体ボランティアによる報告である。安全のために団体名は伏せる。

掃討作戦、所持品没収、誘拐、殴打、射殺(2005年2月2~3日)
事件発生地:東アチェ県東プルラック郡スヌボック村
攻撃者:国軍突撃隊クマラン2第312師団、機甲大隊3アダカ・サクティ
事件発生時刻:18時30分~19時45分

○住民を誘拐
 東プルラック郡アルー・ニローのブキット・テレコム駐屯の国軍突撃隊クマラン 2第 312師団と、アルー・ニロー通りスヌボック村駐屯の国軍機甲大隊3の合同部隊は、大規模な掃討作戦を展開した。この作戦に122人の兵士が動員され、 第346交差点のメダン=バンダ・アチェを結ぶ幹線道路沿い200mにわたり並んだ。
 個人の車両で移動中だった多くの一般市民が兵士に車と身分証明書(住民証)をチェックされた。村人の話によると、兵士は財布の中身も取り出し、女性の乗客から宝飾品を没収したりした。そして、多くの男性は殴られた。この事件の最中、クデ・アルー・ニローの住民ひとり(アブドゥルラフマン・ビン・スレイマン、38歳)がバンダ・アチェから 395km離れたプルラックの町に拠点を置く合同諜報部隊によって逮捕された。逮捕された男性は意識を失うまで殴られ、いまも消息不明である。
 19時15分にアブドゥラマンが逮捕されてから、XXX(安全のため名前は伏せる)のボランティア・チームはこの事件の調査を開始した。しかし、さらなる情報を得ることはできなかった。ボランティアは国軍に犠牲者の所在をたずねることができない。ボランティアも威嚇されており、国軍はもしこの事件に取り組む、またはメディアや国際グループに知らせれば、彼らを誘拐するか殺すと警告している。またアルー・ニロー以外の住民はこの村に入ることが許されていない。

○妊婦を射殺
 18時15分、一組の夫婦がプルラック・ラヤ郡ババ・クルンのドルスン・スカ・マクムル・アルー・オンからラント・スラマット郡スンゴー・ラヤに向けて出発した。彼らは妊産婦検診のため23km離れたクリニックを訪れるつもりだった。ニラワティ・ビンティ・アッバスは妊娠3ヶ月の身だった。
 約15分走ったクデ・アルー・ニローで、この夫婦は地元の人から止められ、国軍がこの付近で大規模な検問をおこなっており、多くの人が殴られたり、所持品を没収されたりしているので、これ以上先に進まない方がよいと警告された。夫婦はこの警告に謝辞を述べたが、住民証明書を所持しており、ただクリニックに検診に行くだけなので大丈夫だろうということで、そのまま目的地を目指した。
 しかし、夫は心配になり、ニルワティの両親の家に立ち寄った。ニルワティの父親トゥンク・ムハンマド・アッバスは自分が娘をクリニックに連れて行くと言った。ニルワティの妹が熱を出していたので、薬を買いたいということもあった。こうして父と娘はオートバイに乗ってクリニックを目指した。
 アルー・ニロー通りスヌボック村の検問所に着くやいなや、 5人の突撃隊兵士から止められ、住民証明書と行き先をチェックされたのち、通過を許可された。しかし、最初の検問所から145mしか行かない地点で父と娘は機甲隊の兵士から止められ、威嚇発砲された。最初のチェックポイントで何も問題がなかったため、父アッバスはオートバイを止めず、ただスピードを落としただけだった。突然、機甲第3部隊駐屯地にいた兵士が一発放った。撃てという命令は基地司令官ルビ・イスワディ中尉(NKP: 11010026970679)が発した。
 ニルワテ(21歳)は瞬く間に地面に落下し、父親アッバスは咄嗟にオートバイを止めた。犠牲者ニルワティは耳の真上の頭部をぶち抜かれた。彼女の耳は銃弾によりふたつに引き裂かれ、頭蓋骨からぶら下がっていた。数人の兵士が父親を取り囲んで、罵声を浴びせた。「停止しようとしなかったからこういうことになったんだ。さあ、子どもの死体を持ち帰って、埋葬しなよ」(Tapol, 05/02/07)
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by NINDJA | 2005-02-07 12:00 | 軍事作戦・人権侵害