2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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●トルコ国旗、アチェで人気アイテム

 津波災害で疲弊したアチェ州で、トルコ人パン屋が焼くパンだけが住民たちの間で好評を博しているわけではない。
 赤地に白い三日月と星がうかぶトルコ国旗。それを刺繍したあらゆるグッズが、いまアチェで人気である。バンダ・アチェの店の外でパンの配給を待っていた男性は被っていた帽子のトルコ国旗を指しながら、「ここではみんなこれがアチェの国旗だと知っているんだ。これ(トルコ国旗)だったら身につけても安全だし、警察は何もできない」と語った。
 ほぼ30年間にわたり、自由アチェ運動(GAM)勢力は民族自決をかけた住民投票を求め政府を相手に闘ってきた。彼らはインドネシア政府が提示する自治形式の「特別自治」を拒絶している。1976年に武力紛争が勃発してから、数万人が犠牲になっている。ここ10年で少なくとも1万5000人が命を落としている。
 去る12月26日の地震・津波災害後、政府と抵抗勢力は和平交渉を再開した。両者は今月再び会談する予定だ。
 アチェの反乱勢力への支援がどのくらいか、測るのは難しい。分離主義者とその支持者に対する何年にもおよぶ警察と軍の残虐な弾圧で、アチェの住民は暴力に疲弊し、反乱勢力側への支持を公にすることを警戒している。
 しかし、トルコ国旗がアチェで突然人気を博すということは、北スマトラ北端にある人口410万人のアチェ州民の多くが反乱勢力に強い忠誠心を持っていることを示しているのではないか。
 反乱勢力が掲げる旗は、上と下に白の縁どりがあり二つの黒縞があるところだけがトルコ国旗と異なる。しかし、反乱勢力の旗を所持すると国家反逆罪で長期の実刑判決を受けることになる。いまのところ、当局はトルコ・グッズ流行を抑えようという動きはみせていない。
 トルコ代表団団長イスマイル・ハッキ・トゥルンクは自国の旗への人気に気づいているが、それよりも自国の救援活動の話をしたがる。「以前はGAMのことは何も知らなかった」イスマイル団長は、トルコの旗とGAMの旗を、まるで英国サッカー・クラブのマンチェスター・ユナイテッドの旗と比べるように一緒くたに扱われるべきでないと言う。「マンチェスター・ユナイテッドの旗も赤だが、だからと言ってこの旗とトルコ国旗とは何の関係もない」
 トルコ人のパン職人は、イスタンブール市職員で構成される24人のトルコ代表団の一部である。6人のパン職人と3人のインドネシア人研修生は、トルコからもってきたひとつのオーブンで、1日17時間で1万斤のパンをつくっている。
 トルコの救援活動本部がある店には大きなトルコ国旗が掲げてある。コメが主食のインドネシアで、焼きたてのパンはエキゾチックな食べ物である。パン2斤を抱えたイブラヒム・アリは、「パンはここでは珍しいね。わたしたちはとても孤立しているから。明日もまたここに来たいわ」と語った。
 連日、女性や子どもを中心とした約200人のアチェ人は、パンが配給される午後5時の一時間前から行列をつくる。配給残りのパンは、仮設被災者キャンプに運ばれる。
 「ここの人びとがパンを食べてくれる限り、わたしはとてもうれしい」と、本国ではイスタンブール市国営パン屋の副マネージャーであるカミル・コラバスは語る。「わたしたちはここに新しい文化をもたらしているんだ。パン文化をね」(AP, 05/02/09)
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by NINDJA | 2005-02-09 12:00 | 外国軍・援助機関の活動