2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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●活動報告(2005年2月14日)

○バンダ・アチェの状況
 被災状況については、各メディアでかなり伝えられているため、それ以外の点についてお伝えいたします。
 バンダ・アチェ、大アチェ県でも、国軍・警察の問題が発生しているようです。アチェの友人と話すたびに、避難民が殴られた、援助物資をとられたなど、さまざまな事件について聞きます。「津波は自然災害で仕方ないけれども、そのあとの救援活動が悪すぎる」というのが、多くの人びとの思いのようです。
 聞いて一番つらかったのが、津波の際、ウレ・レー村の警察機動隊が車で逃げるとき、走って逃げている住民をどんどん轢いていったという話でした。次回、バンダ・アチェに来たときには、目撃者に直接話を聞くことになっています。
c0035102_054386.jpg 北アチェ県ではリロケーションが問題となっていますが、ここでは瓦礫撤去後のゴミ捨て場が問題となっています。バエット、アソー・ナングロー、ウレェ・パタ、ラム・リサンでは、住民が、自分たちの土地の境界を明確にする前に、バンダ・アチェの中心からのゴミが運ばれ、捨てられてしまっています。住民たちは抗議し、「○○の所有なのでゴミを捨てないでください」「ここには大量に遺体が埋葬されている可能性があるのでゴミを捨てないでください」といった立て札も立てられていますが、みているだけでも、何台も何台もトラックがゴミを捨てて行きます。
c0035102_0551161.jpg 北アチェ県でもそうでしたが、ここでも国軍が人道支援活動をおこなっている姿をほとんど見ませんでした。唯一、そしてはじめて見たのが、西海岸沿いのルプンで、橋の修復をおこなっているところ。津波は、長引くアチェ紛争の解決への「機会」になるかもしれなかったのに、わたしが人びとから話を聞く限り、不信感が募っただけのような気がします。何人もの人に「インドネシアは、アチェの人なんていらないんだ。欲しいのは、アチェの資源だけなんだから」と言われました。

○最多記録の一斉検問
 バンダ・アチェ市内、大アチェ県ルプンまで行って、ロスマウェに引き返しました。バンダ・アチェを出発したのが19時、ロスマウェに到着するのは12時か1時ごろになるはずです。以前なら考えられなかった時間です。
 調子の悪いエンジンをだましだまし、2時間ほど山道を走り、ピディ県シグリの町まで出ました。やっと安心し、うとうとしかけたところ、突然、車が止まりました。22時、ピディ県ムルドゥ(Meureudu)あたりでした。警察機動隊が10人ほど、緊張した顔をしています。スウィーピング(一斉検問)です。
 「武力衝突がありました。ここから先、ゆっくり走ってください。女性たちは頭を下げて。撃たれますよ。車のなかの電気もつけてください」
 友人とわたしは、よくわからないながら頭を下げ、運転手もゆっくりと走りはじめました。しかし、奇妙なことに、ほかの車はスピードを出して、わたしたちを追い越していくのです。何かおかしい。そう思っているうちに、つぎの検問。結局、ウリム(Ulim)までの短い距離で、4回ものスウィーピングがありました。
 警察機動隊によれば、ムルドゥの三叉路で武力衝突があった、負傷者が車に乗っていないか確認しているというのですが、本当なのでしょうか。津波以前に、わたしが体験したスウィーピングは、もっと緊迫していました。しかし、今回はスウィーピングの場所から数百メートルのところで、人びとはコーヒーを飲み、果物を売っているのです。話に聞いていた「ヤラセ」の武力衝突だろうか、といまも不思議です。そのうち自由アチェ運動(GAM)の側が、現場レポートを出せば明らかになるのでしょうか。
 この晩のスウィーピングは、ここだけにとどまらず、22時40分にはビルン県ジュニブ(Jeunib)で、今度は海兵隊のスウィーピングです。前に4、5台のバスやトラックが並んでいたのですが、フロントガラスのところに「プレス」と札を出し(運転手が安全のために最初から準備していたもの)、外国人であるわたしが乗っている車は、ノーチェックでした。
 しかし、道路の向かい側にある海兵隊の詰所では、3人(うち1人は女性)が座らされていました。後姿や洋服から、女性は40代、男性は50代くらいではないかと思われます。いったい、彼らが何を疑われたというのでしょうか。
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by NINDJA | 2005-02-15 03:54 | NINDJAの救援活動