2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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●活動報告(2月16日)

○ブラン・ニボン村での「プカット・ソロン」支援を決定

 北アチェ県の被災者の復興支援の第1弾として、グドン(Geudong)に避難しているブラン・ニボン(Blang Nibong)村での伝統的漁業「プカット・ソロン(Peukat Sorong)」を支援することになりました。
 以前にもお伝えしましたが、プカット・ソロンとは4.5メートルの竹の棒2本に網を張り、海で小さなエビなどを獲る漁のことです。「ランゲイ・スロン(Langei Surong)」ともいいます。漁船をもっていない貧困層でもできること、大きな資金を必要としないことなどから、この間可能性を探っていました。
c0035102_1636559.jpg 10時に、村長代理のアブバカルさん、パワン(Pawang)のイドゥリスさん(写真左)、漁具をつくることのできるハサンさん(写真右)に来ていただき、プログラムについて詳細を打ち合わせしました。パワンとは、アチェの慣習法で海について司るパンリマ・ラウット(海の司令官)の下で働く、漁船ごとの指導者のことです。3人とも、この間、タバコを買うおカネもなかったようで、わたしが出したタバコをおいしそうに吸っていました。彼らにとっては、日本のタバコは薄味で物足りないのではないかと思うのですが…。
 イドゥリスさん、ハサンさんによると、ブラン・ニボン村でプカット・ソロンをできるのは38世帯だそうです。泳げない人、漁船がないと漁をしたがらない人には、プカット・ソロンはできません。いわば村のなかでも、さらに貧困層の生業です。
c0035102_16373044.jpg プカット・ソロン用の漁具はサウォッ(Sawok)といいます。サウォッにはサウォッ・サベェ(Sawok Sabee)という網の目の小さなものと、サウォッ・シラン(Sawok Sirang)という網の目の大きなものとがあります。背の高い人は、サウォッ・シランをもって、深いところまで漁に出ます。網の目の小さいサウォッ・サベェは、ハサンさんにしかつくれません。サウォッ・シランはイドゥリスさんが、3人の部下をつかってつくります。1日にできるサウォッは1つ。3週間がかりの仕事となります。
 サウォッの材料は、太さ2.5ミリの糸25メートル、4.5メートルの竹2本(これは各自で探してくる)、木の板2本、網16メートル、縫い針、縫い糸、はさみです。サウォッ1つにつき6万ルピア(682円)の賃金、各自で探してきた竹2本に1万ルピア(114円)出すことになりました。
 材料について、できれば北アチェ県で調達したいと思っていたところ、ハサンさん行きつけの店がグドンにあるというので、明日の朝グドンに買い付けに行きます。
 なお同じくグドンに避難しているサワン村、プウク村の人びともプカット・ソロンをしているそうなので、こちらでの可能性も探ろうと考えています。

 プカット・ソロンからは横道にそれますが、ブラン・ニボン村の避難民キャンプでも汚職が起きているようです。この避難民キャンプに支援されるはずだったテレビ4台のうち、1台は郡役場に設置され、1台は保健局に設置され、残り2台はどこにいったかわからないとか。一箇所でもいいから、いい話を聞いてみたいものです。
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by NINDJA | 2005-02-16 16:40 | NINDJAの救援活動