2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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●活動報告(2月17日)

○ブラン・ニボン村「プカット・ソロン」支援はじまる

 午前中からグドン(ロスマウェから東に10kmくらい)へサウォッの材料を買い付けに行きました。途中、スダコ(小型乗合自動車)の運転手が、水を買いに行っているあいだに、乗客の女性に携帯電話を盗まれたと言って大騒ぎになり、さらにスダコ自体も壊れるというハプニングもありましたが、無事グドンに到着。いちば近くに避難しているブラン・ニボン村のイドゥリスさんとハサンさんを迎えに行き、みんなでRBT(オートバイ・タクシー)に乗っていちばに向かいます。
c0035102_19533257.jpg 漁具関係のお店に、わたしが現れると、値段がつりあがるというので、わたしはコーヒー屋台で待機です。甘い甘いコンデンスミルク入りコーヒーを飲みながら、タバコを吸っていると、周りのおじさんたちから、あれやこれやと話しかけられます。アチェの男性たちは、コーヒー屋台で一服しながらおしゃべりするのが大好きなのです。いまでこそ状況が許しませんが、政治の問題だって、コーヒー屋台で議論されます。ちなみに、アチェでは女性がタバコを吸うのは厳禁です。田舎の、それもおばあちゃんになって、はじめてタバコを堂々と吸えるようになります。わたしは外国人ということで許されていて、むしろ、みんな日本のタバコを吸いたいと大人気でした。
 30分ほどして、友人が呼びに迎えに来て、はじめて、わたしの登場です。要は、支払いのためだけに必要なわけです。最初から、友人に現金を預ければ早いのですが、やっぱり一緒に出かけたい。最初の店では、サウォッ・シラン(網の目が大きい漁具)用の網が手に入らず、つぎの店へと移動です。みんな、もはや面倒くさかったのか、待機していろとは言わず、わたしも一緒についていきました(値段もつりあがりませんでした)。
c0035102_1955249.jpg 村で唯一サウォッ・サベェ(網の目が小さい漁具)をつくれる「技術者」ハサンさんが、厳しい目でサウォッ・シラン用の網をチェックします。ひとつひとつ網の目を数えています。何枚も確認し、結局3種類の網を購入することになりました。ハサンさんもイドゥリスさんもうれしそう。
c0035102_19555656.jpg 明日は金曜日で、午後はモスクに祈祷に行く日なので、19日(土)からサウォッの製作開始です。網の目が小さく、沖合いに出なくても(泳げなくても)漁ができるサウォッ・サベェを32個、網の目が大きく、沖合いに出て少し大きめのエビを獲るためのサウォッ・シランを10個つくります。
 いちばで買い付けているあいだに、同じくグドンに避難しているサワン村の避難民が、友人に支援を要請したそうです。週末から来週にかけて、これまで訪れたキャンプも含めて、復興支援の可能性を詳しく探ることになります。

買い付けたもの
・サウォッ・サベェ用網 316万8000ルピア
・サウォッ・シラン用網 281万9000ルピア
・縫い糸 7万9500ルピア
・針 2万4000ルピア
・紐 10万5000ルピア
・ハサミ(2つ) 1万8000ルピア
製作費として前払い半額 129万ルピア

合計 750万3500ルピア=85267円(1円=88ルピア)

あとで友人から、わたしが5万ルピア(568円)札で支払いする姿を見て、「あんな絵柄を見るのは久しぶりだなぁ」とイドゥリスさんが言っていたと聞き、かなり恥ずかしくなってしまいました。わたし個人のおカネではないのですが。そもそも「貧困層」である彼らが、津波で本当に何もかも失ってしまい、さらに軍事作戦下で暮らさなくてはいけないという現実は厳しいです。
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by NINDJA | 2005-02-17 19:57 | NINDJAの救援活動