2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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2005年 01月 10日 ( 10 )

 1月6日11時、「プレス」と書かれた車が、ロスマウェからバンダ・アチェの方向へやってきた。
 ビルン県ジュニブに到着し、車はウィンカーを出して減速した。そして、避難所となっているムナサ・ジュニブ前で停まったのである。
 記者がやってくるのをみて、あるテントでは命令が出された。「インドネシア国軍は、住民が記者に近づき話すことを禁じる。記者の存在に益はないからだ」住民のひとりは、命令者を真似てそう言った。
 しかし記者たちは、何も感じなかったようだった。ある者は、カメラをもって車から降り、ムナサに入っていった。住民たちは、笑顔と「どうぞ」とうなづいて迎えた。
 そこには警戒にあたっている国軍兵士も何人かいた。しかし彼らもまた、記者に対して親しげな態度を崩さず、握手までした。記者の何人かは、国軍兵士と話し、テントに向かった。避難民たちは笑顔を返したが、記者に近づいたり、話したりする勇気がある者はなかった。
 避難民たちは、記者に、避難所でのあつかいについて嘆きをこぼすのがふつうだ。それどころか親戚について尋ねたり、携帯電話を借りたりすることもある。
 しかし今回は違っていた。
 記者たちは、何の関心も払わずに撮影していたし、兵士たちも、何も関心を払っていないようだった。目線をかわすたびに、彼らは笑顔になるが、その笑顔もすぐに消えてしまうのだった。
 呆然として座っているひとりの女性にシャッターが切られた。そして、何人かで話している人びとも。兵士はずっと、絵を探してまわっている記者の行動に注意した。そこには学生ボランティアがいた。彼らは12月26日、サマランガの遺体の収容を終えて以来ずっと、この避難所で活動していた。
 最初、ここには兵士はいなかった。学生たちが可能な限りの支援をおこなっていたのである。しかし12月29日、国軍兵士が来て、彼らの部隊名とここに国軍の支援ポストがあると記した横断幕を張った。ムナサの門に掲げられていた学生たちの横断幕は外された。
 避難所の規則も大幅に変わった。援助はすべて兵士を通さなくてはならなくなった。誰も拒否する勇気はなかった。記者が来るようになって、ひとつ規則が追加された。住民は、記者と話してはならないと。(Aceh Kita, 05/01/10)
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by NINDJA | 2005-01-10 12:00 | 国軍の援助妨害
<GAMプルラック広報官からの携帯メッセージ>
○05年1月4日14時
・パトゥボン村農婦バシア・ビンティ・ウスマン(31歳)が、自宅にて、キジャンに乗ったインドネシア国軍兵士に逮捕、連行された。
・ヌルス・サラムは、規定以上の900グラムのコメを自宅でもっていたとして、国軍に100日間働くのを禁止された。彼には4人の子どもがいる。
○05年1月6日8時半
・バンダル・アラムのジャンボ・ルハット村の農夫ラフマディ(20歳)、イブラヒム(19歳)が、バンダル・アrムのブラン・ランボンに駐屯する陸軍戦略予備軍第330部隊に撃たれて死亡した。
○05年1月7日11時
・バンダ・アチェ=メダン幹線道路から4kmのジュロックのパヤ・パシで、国軍との武力衝突。
・ブミ・フロラ農園農夫のアブドゥル・ラティフ・ビン・ラニ(35歳)が、国軍の作戦で射殺される。
○05年1月8日7時15分
・バンダ・アチェ=メダン幹線道路から3kmのルゥン・アンゲンで、国軍がGAMの小隊を攻撃した。9時15分、同部隊が同道路から6kmのラント・スラマットのロッ・タンボで攻撃した。

<GAMピディ広報官からの携帯メッセージ>
・ピディ地域の津波の被害状況:死者2900人、行方不明者641人、難民6788人。ピディ外での死者600人、大規模難民キャンプ数59。難民キャンプ内の正確な人数は不明。

<GAM北アチェ県プサンガン広報官からの携帯メッセージ>
○05年1月4日14時半
・パロー・プラディ村のGAM兵士ダルウィン・ビン・ユヌス(24歳)が、国軍兵士に射殺される。国軍は現在、丘陵地帯を選挙し、マタン・グルンパン・ドゥア、チョッ・ガプ、クルン・マネーを監視中。

<GAMアチェ・ラユッ広報官からの携帯メッセージ>
○05年1月2日6時
・GAMモンタシック地域司令官ムクリスの妻ワンティ・ビンティ・ブルハン(20歳)が、インドラプリで、キジャンに乗った国軍兵士に誘拐される。
○05年1月6日
・50人以上の警察機動隊が、ププカン・バダ地域のグラ、ランバット、ラントゥンゴ、およびランパゲェの村々で、軍事作戦を展開し、発砲している。負傷者は、いまのところ報告されていない。(GAM, 05/01/09)
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by NINDJA | 2005-01-10 12:00 | GAM情報
アチェに救援物資を輸送する米国海軍ヘリコプターが10日午前7時15分ごろ、バンダアチェ着陸時に墜落し、乗組員4人が負傷した。同機はスマトラ沖に停泊しているアブラハム・リンカーン艦船から飛行し、10人が乗っていた。全員命に別状はないという。この事故の影響で、海軍の救援活動は一時停止した。事故の原因はまだ明らかになっていない。(Jakarta Post, 05/01/10)
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by NINDJA | 2005-01-10 12:00 | 外国軍・援助機関の活動
 自由アチェ運動(GAM)亡命政府は9日、ジャワを本拠地とするイスラーム過激派組織、イスラーム防衛戦線(FPI)とインドネシア・ムジャヒディン評議会(MMI)がアチェに入ったことで、津波災害被災者にさらなる苦しみを与えると憂慮を表明した。

【アチェ亡命政府の声明】
イスラーム防衛戦線(FPI)とインドネシア・ムジャヒディン評議会(MMI)のアチェ入りについて

アチェ国政府(PNA)情報省
ストックホルム 2005年1月9日

 アチェ亡命政府は、イスラーム防衛戦線(FPI)とインドネシア・ムジャヒディン評議会(MMI)がアチェに入ったことを遺憾に思う。危機的状況に瀕するアチェにこれら集団が入ることで、津波被災者に向けられるべきインドネシア政府の資力が損なわれる。FPIとMMIはアチェでは歓迎されておらず、かつてアチェの人びとに支持されたことはなく、彼らの来訪が要請されたわけでもない。 FPIはマルクと中スラウェシの殺戮、ジャワやその他地域での非ムスリムに対する攻撃にも関与してきた。
 FPIとMMIの言動は、コーランやハディースの教えに矛盾し、寛容と信頼にもとづくアチェのムスリムと相反する。FPI、MMIともに、災害救援における実績もノウハウももっていない。彼らの存在は、明らかにアチェの人びとを挑発する企てがある。彼らがアチェに介入してくることは、逆効果である。
 国際社会がアチェに惜しみなく援助の手をさしのべてくれているときに、インドネシア政府は貴重な資金をFPIとMMIのような犯罪組織のアチェへの移動や滞在に割いて無駄にしている。彼らはアチェの人びとの福祉のためでなく、皮肉にもアチェ人がさらに苦しむように状況をさらに混乱に陥れる意図があるのだ。
 アチェ亡命政府は、アチェでの我が部隊に対していまだに軍事作戦が続けられていることを遺憾に思う。われわれは救援活動の便宜をはかるため、一方的な休戦を宣言した。このように危機的状況にあるさなか、いまだに軍事作戦のため限られた資力を軍事作戦に投入するとは、インドネシア政府はアチェ人の福祉ではなく、アチェでの植民地主義的軍事支配に関心があることを示している。
 われわれは国際社会に、FPIとMMIがアチェを去ること、インドネシア政府が軍事作戦をただちに停止すること、を要請するようお願いする。アチェのわれわれの部隊がそうであるように、いまはアチェの人びとを助けることに全力を傾けるべきだ。さもなければ、アチェから出て行くべきだ。

バクティアル・アブドゥラ広報官

【FPIについて】
 FPIは1998年8月に設立され、イスラームの教えを侮辱すると見なされるバー、ナイトクラブ、売春宿、ビリヤード場などの娯楽施設を襲撃することで悪名高くなった。しかし、2002年10月のバリ爆破事件後は暴力活動を和らげるようになり、同事件の追及の矛先はジェマァ・イスラミア(JI)に向けられた。
 バリ爆破事件以前、当局はFPIのナイト・クラブ襲撃などを黙認していた。そのため、FPIは治安当局内部の有力者に後援されていると信じられていた。批評家によると、FPIはナイトスポット経営者たちから金を強要するため、あるときは警察や軍と共謀し、ある時は競合している。
 バリ爆破事件から1カ月もしないうちに、FPIは暴力的襲撃を止めることを公約した。しかし2003年2月に復帰を表明し、西洋人を襲撃するなどと脅した。また、イラクのアメリカ軍と戦うためムスリムに志願を呼びかけたりしている。
 2004年10月には、FPIメンバーが断食月に営業していたジャカルタやその周辺都市のバーを襲撃した。

【MMIについて】
 MMIは2000年8月に結成された。その表向きの目的は、世俗的なインドネシア社会で厳格なイスラムー法を推進することとされた。
 組織の指導者は急進的導師アブ・バカル・バアシルで、ジェマァ・イスラミア(JI)の指導者でもある。バアシルはバリ爆破事件とマリオットホテル爆破事件の実行を部下に指示した容疑で裁判にかけられている。
 MMI議長イルファン・アワスは先週、たくさんのMMIメンバーをジャカルタに送った。イルファン議長は、災害被災者に霊的指針を与えるためにアチェ行きの飛行機に乗る、と言っていた。
 MMIは最近、インドネシア全土8県53地域で多数の支部を設立したと発表した。(Laksamana.Net, 05/01/10)
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by NINDJA | 2005-01-10 12:00 | GAM情報
 アチェの人びとが食糧と医療援助を必要としているなか、インドネシア政府は、治安上のリスクから軍の特別な承認なしには移動できないとして、外国軍兵士と援助ワーカーがアチェのほとんどの地域にアクセスすることを禁止した、と伝えられた。
 ユスフ・カラ副大統領は9日、外国人のアクセスをバンダ・アチェと西アチェ県に限ると発表した。The Age紙が伝えた。
 カラの発表は、先のアルウィ・シハブ国民福祉担当調整相の発表とは完全に矛盾している。アルウィ・シハブは、外国人が援助を必要としているいかなる地域にも自由にアクセスできると述べていた。
 新しい政策は、バンダ・アチェの国連事務所近くで銃撃があったのちに発表された。インドネシア国軍は、分離主義者の自由アチェ運動(GAM)が銃撃をおこなったと非難しているが、インドネシア国軍兵士が銃撃したとの報告もある。GAMは関与を否定している。
 数十年にわたって、インドネシア国軍が麻薬売買と残虐な人権弾圧をおこなっているといわれるアチェでは、外国人嫌いの将校が、アチェでの外国軍の存在を制限するよう、政府に圧力をかけているかもしれないと考えられている。
 アチェ災害救援対策本部長ブディ・アトマディ・アディプトは、バンダ・アチェやムラボー以外に行く場合、アチェ軍管区司令官エンダン・スワルヤから特別な許可を取得しなくてはならないと外国のグループと外国軍に伝えられたと述べた。「バンダ・アチェとムラボーのみが、インドネシア国軍の完全なコントロール下にあります。それが2つの町まで、外国人に対して許可する理由です。外国人は、バンダ・アチェとムラボーのみだということです」
 スワルヤ司令官も、米国ヘリコプターがほかの町に救援物資をもっていくのに許可が必要であると述べ、禁止令を裏付けている。
 アディプトは、外国人がインドネシア国軍とGAMの武力衝突に巻き込まれるのを防ぐため、このような制限が必要だと述べる。「インドネシア人だけでなく、われわれを支援しに来た外国人が何千人もいます。もし白い皮膚をもった外国人が殺されたら、国際社会はどのように反応するでしょうか」
 GAMは、災害を口実に、反乱者へのさらなる攻撃をおこなうとして、インドネシア国軍を非難している。
 12月26日の地震と津波は、アチェの10万4000人以上の命を奪った。1万人以上が、まだ行方不明で、死亡したと推定されている。さらに数千人が、援助が届かなければ飢餓と病気で死に直面している。
 アチェと北スマトラの死者は、まだ遺体が収容されていないことから、30万人にのぼるかもしれないといわれている。(Laksamana.Net, 05/01/10)
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by NINDJA | 2005-01-10 12:00 | 外国軍・援助機関の規制
 9日、ジョグジャカルタ出身ボランティアのアンギ・ウィボウォが、バンダ・アチェのマタ・イーで、国軍兵士によって殴られた。左唇が裂け、3針縫ったという。
 アンギたちジョグジャカルタ出身のボランティアは、ピックアップに乗って、マタ・イーの避難民に物資を運ぼうとしていた。しかし場所がわからなかったため、付近で速度を落とした。後ろから、兵士が尾行しており、クラクションを鳴らした。アンギたちが不審に思って、車を止めたところ、兵士は降りてきて、何も尋ねずにアンギを殴った。「何を悪いことをしたというのだ?」とアンギが尋ねると、兵士は答えず、さらにアンギを殴った。兵士は黙って行ってしまい、血を流したアンギはイェメンの医療チームに助けられ、治療を受けた。
 事件について、アンギはアチェ州警察とアチェ軍管区に報告する準備をしているところである。「彼ら(兵士)はボランティアを守らなくてはいけないはずだ。われわれは、すでに数十の遺体を収容したのに、こんな扱いをうけるのか」 (TEMPO Interaktif, 05/01/10)
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by NINDJA | 2005-01-10 12:00 | 国軍の援助妨害
 アチェでは、インドネシア国軍とアチェ独立派の紛争が継続されていることにより、救援活動家や外国軍の活動範囲が限られてきている。国軍は、これまで独立派・自由アチェ運動(GAM)が、アチェでの物資配給を妨害している、と非難してきた。しかし、ここにきて、反対に避難民キャンプの物資配給を管理する国軍兵士が救援物資で私益をあげている、との非難の声があがっている。
 ある在豪アチェ人は、2人のアチェ人知識人から、国軍兵士が北アチェ県ロスマウェの避難民キャンプで被災者に物資を売りつけているとの情報を得たことを明らかにした。ディーキン大学国際・コミュニティ発展研究所長のダミエン・キングスベリーも、国軍兵士がインスタントラーメンを1袋500ルピアで売りつけていると、実際に支払いを求められたバンダ・アチェの大学生から聞いたという。(Radio Australia, 05/01/10)
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by NINDJA | 2005-01-10 12:00 | 国軍の援助妨害
 中スラウェシ州パルのタナ・ムルデカ財団研究員であるジョージ・ユヌス・アディチョンドロは10日、スマランのスギヨプラナタ・カトリック大学ででおこなわれたアチェの汚職防止に関する討論会において、津波はアチェの地を破壊しただけではなく、同地にあった民主主義の残りをも破壊する可能性があるとの見方を示した。津波後のアチェ再建期は、緊急・復興期とは異なり、汚職はよりシステマティックになり、アチェ人がその国家を決定するのではなく、ワシントンや東京とともにジャカルタの人間が決めるという。同氏は、このシステマティックな汚職は、アチェにおける津波後の民主主義文化の構築やアチェ人から共感を得るよりも、その影響はより大きいと述べた。
 また同氏は、米国がアチェの津波被害者に対して援助を供与しているのは、将来的な利害があるからであり、米国自身もアチェにおける民間部門を拡大し、長期的なアチェの建設に参加すると表明していると述べた。そのため、アチェを天然ガスに支えられている米国の経済基盤にしようとしているという。(Media Indonesia, 05/01/10)
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by NINDJA | 2005-01-10 12:00 | 援助の問題
インドネシア政府は10日、アチェ州の避難民キャンプに自由アチェ運動(GAM)が潜入しておらず、また、国連が入っている建物の近くで生じた発砲に責任はないと述べ、国軍と警察が9日おこなった主張と異なる見解を示した。また、ある政府高官によれば、政府と反政府組織は宗教学者のグループを通じ間接的に、和平交渉の途を探っているという。救援活動の指揮をとっているアルウィ・シハブ国民福祉調整相は、バンダ・アチェの国連近くで9日発生した発砲事件について、反政府組織の兵士ではなく、精神的にまいっていた国軍兵士が起こしたと述べた。警察と国軍は9日、反政府組織の仕業と述べ、大規模な支援活動の安全に対する懸念が高まっていた。また、同相は、9日アンタラ通信が伝えた、反政府組織が避難民キャンプに潜入しているという国軍の主張も否定した。(scotsman.com, 05/01/10)
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by NINDJA | 2005-01-10 00:00 | 軍事作戦・人権侵害
 米国や英国の津波犠牲者に対する支援は、ステルス爆撃機1機の値段やイラク占領1週間にかかる費用、他国への軍事支援よりも少ない。世界各地で支援が大規模になり、世論対策上まずいことが明らかとなってから、両国は援助を増額した。それでも、英国の津波犠牲者に対する「寛大な」支援は、イラク侵略前の空爆にかかった費用8億ポンドの16分の1、インドネシア国軍のホーク戦闘爆撃機購入に対するソフト・ローン10億ポンドの20分の1ほどでしかない。
 ブレア政権は2004年11月24日、「インドネシア国軍の防衛能力を緊急に見直す必要性に対処する目的で」(ジャカルタ・ポスト紙)ジャカルタで開催された兵器見本市を後援した。インドネシア国軍はアチェで2万人以上の市民や「反乱者」を殺害してきた。見本市に出展したロールスロイスはホーク戦闘爆撃機のエンジン・メーカーであり、同機は英国から購入されたスコーピオン装甲車やマシンガン、弾薬とともに、アチェの人びとの殺害や弾圧に用いられてきた。
 オーストラリア政府は被災者に対するそれほど大きくない支援で脚光を浴びているが、アチェでの残虐行為が頻繁に報告されている陸軍特殊部隊を秘密裏に訓練してきた。これは同国が40年にわたってインドネシアにおける抑圧を支援してきたことと軌を一にしており、国軍が東ティモールの人口の3分の1を虐殺するあいだスハルトに献身してきた。ハワード政権は現在、東ティモールへの石油・天然ガス採掘権料約80億ドル分を否定しており、国際海洋法に公然と反抗している。最貧国の東ティモールではこの収入がないと、学校、病院、道路を建設したり、失業率が90%にのぼる若者に仕事を与えられない。
 世界の支配者および共謀者の偽善、ナルシシズム、偽りのプロパガンダが総動員されている。こうした人びとの人道的意志に対する最高の賛辞が溢れるいっぽうで、ニュースでは犠牲者に価値があるか否かによって人道性の発揮が異なっていることが顕著となっている。大自然災害の犠牲者には価値があり(いつまで続くかはたしかではないが)、帝国的な人災の犠牲者には価値がなく、言及されることがほとんどない。レポーターたちはどうも、「わたしたちの」政府の支援を受けてアチェで何が起こってきたのかについて報告する気になれないようだ。この一方的な倫理上の鏡により、わたしたちはもう一つの津波である破壊と大虐殺の足跡を無視することができる。(後略)(New Stateman, 05/01/10)
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by NINDJA | 2005-01-10 00:00 | 援助の問題