2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


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2005年 01月 20日 ( 6 )

 悪名高い元東ティモール併合派民兵指導者のエウリコ・グテレスは18日、自由アチェ運動(GAM)と戦う民兵を組織するため、バンダ・アチェを訪問したという情報を否定した。イギリスの『テレグラフ』紙は、グテレスが先週、アチェを訪れ、 900人の民兵を組織したと伝えていた。
 グテレスは、アチェを訪問したことがないとしたうえで、「戦うためではなく、復興を支援するためにアチェに行ければうれしい」と述べている。(The Sydney Morning Herald, 05/01/19)
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by NINDJA | 2005-01-20 12:00 | 軍事作戦・人権侵害
 国家情報庁(BIN)長官シャムシル・シレガルは20日、アチェで外国勢力が活動する背後には、人道目的だけでなく、必ず別の利権があると述べた。BINのデータでは、1万9000人の外国軍、数千人のボランティアがアチェで活動している。
 シャムシルによれば、外国勢力は、それぞれの活動を利用して、ある目的を達成しようとしているという。たとえばインドネシアの地理を知る、マラッカ海峡についてより詳細な情報を得る、などである。そのため、外国軍の活動に3カ月という期限が必要だと考えたのだという。
 さらにシャムシルは、この間アチェを利用しようとしたひとりとして、国際危機グループ(ICG)のシドニー・ジョーンズを挙げている。「シドニー・ジョーンズは、入域の許可を求めてきたし、何人かの閣僚も許可を与えるよう言ってきたが、問題が起きるより許可を与えないほうがいいと判断した」
 現在、BINは15人のスタッフをアチェに駐在させている。(detikcom, 05/01/20)
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by NINDJA | 2005-01-20 12:00 | 外国軍・援助機関の規制

●女性専用テントが必要

 女性にとっての必要物資のひとつは、女性用テントである。居住用ではなく、授乳時や、洋服を着替えたり、ジルバブをかぶりなおしたりする際のスペースとしてである。
 避難民のひとりラトゥナ(学生)は、トイレが遠く並ばなくてはならないし、テントには知らない男性も多くいるため、着替えることができないと語っている。「男性に出て行って、とは言えないし。エラそうだと思われるでしょう? ただ、恥ずかしいだけなのだけど。ムスリムにとって、いい加減に頭をみせることもできないし」
 別の避難民リナ(27歳)も、洋服が濡れたにもかかわらず、着替えることができずに熱を出したと語った。(Jurnalperempuan.com, 05/01/20)
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by NINDJA | 2005-01-20 12:00 | 被災状況
 リャミザード・リャクドゥ陸軍参謀長は20日、バンダ・アチェで、アチェ紛争の和解交渉について、自由アチェ運動(GAM)の誠意次第であるとの見解を述べた。「紛争を解決したいのなら、GAMは降伏し、武器を放棄しなければならない」
 さらに、もしもGAMが武器を放棄せず、国軍が失くした武器を探すようなことをすれば、問題は解決しないと語った。「紛争解決の要は国軍にあるのではなく、GAMにあるのだ。GAMが降伏すれば、終わることなのだ」
 陸軍参謀長は、ユドヨノ大統領と国軍最高司令官がすでにGAMに対し、アチェを立て直すために銃を置こうと呼びかけていることを強調した。現在、1万4000人規模の陸軍が人道支援活動とスマトラ州とアチェ州の州境の流通治安警備にあたっている。また、2万人規模の兵士が依然として治安維持の任務についている。(detikcom, 05/01/20)
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by NINDJA | 2005-01-20 12:00 | 和平への動き
 警察は、北アチェ県クルン・マネー地区で津波被災者のため救援物資をトラックから降ろしていた学生10人以上を逮捕した。県警のアグス・サリムは、この学生たちが調理油、砂糖、コメ、インスタント・ラーメンなどの援助物資を隠匿しようとしていたとして逮捕されたと報道陣に語った。
 物資はロスマウェから搬送されてきたもので、ラガン村とチョッ・スラニ村に配給される予定になっていた。学生たちは、ムアラ・バトゥ警察で取調べを受けている。
 北アチェ学生コーディネーターのズルフィカルは、今回学生にかけられた容疑を否定している。ズルフィカルによると、救援物資は1月21日に配布されることになっていたが、津波被災者のイドゥル・アドゥハ(犠牲祭)のあとに配給を延期したため、ロスマウェの配給統制センターから集められた物資をクルエン・マネーのボランティアの一人が所有する店に一時保管していただけだという。
 似たようなケースは1月8日、北アチェ県パヤ・ガボ村でも起きている。2台の小型トラックが、警察とデワンタラ郡の合同諜報部隊によって止められ、運んでいた救援物資を没収された。警察は、物資はパヤ・ガボ村ではなく、ロスマウェのヒラク広場で降ろさなければならないと主張。これに対しトラックの運転手は、運んでいた物資が民主党からの援助物資で、ユドヨノ大統領の名前が書いてあったため、ヒラク広場で受け入れを拒否されたと述べた。ほかの場所にもって行っても、やはり政党からの援助物資ということで、受け入れてもらえず、困った運転手は、トラックの所持者が住むパヤ・ガボ村に戻ったのだという。警察はその村に被災者がいないため、トラックの運転手と持ち主を逮捕した。
 1月18日にもロスマウェのバンダル・サクティ郡で2人の被災者が、援助物資をロスマウェの店に売ろうとしたとして拘束された。この2人を知る地元住民は、2人が魚を買うためにどうしてもカネが必要だったため、配給物資を売ろうとした、と説明している。
 ズルフィカルは治安当局に、学生やボランティアの救援活動を妨害しないよう求めている。北アチェ県タナ・パシル郡の津波災害救援ポストでは、軍がそこで働く学生やボランティアたちから身分証明書の提示を求めたりしている。そして、学生たちは被災者が集合しているサッカー場や小学校に入り、データを収集したり、被災者から直接何が必要かなど聞くことが難しくなっている。(Acehkita.com, 05/01/20)
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by NINDJA | 2005-01-20 12:00 | 国軍の援助妨害
 20日、AP通信社の記者とカメラマンがアチェ州都バンダ・アチェからおよそ32km離れたランブレの避難民キャンプで取材しているとき、近くの丘から4発の銃声が鳴り響いた。キャンプにいる被災者200人は叫び、カバーに潜り、祈りの言葉を唱えた。反乱者の姿も、インドネシア国軍兵士の姿もキャンプからは見えなかった。被災者に負傷者はなく、銃撃も、彼らに向けられたようには見えなかった。
 誰が発砲したかは明らかになっていないが、地元の軍司令官ベニー・スハルト少佐は、国軍が丘陵地帯で作戦を率いていたと述べている。「あれは反乱者の拠点だ。反乱者が問題を起こしたため、実行した」と語り、それ以上のコメントを拒んだ。
 いっぽう反乱者の広報担当トゥンク・ムハラムは、20日の事件について気づかなかったと語っている。「国軍はしばしば、われわれを挑発するため、空に向けて発砲する。津波後、われわれは攻撃を仕掛ていないし、防衛のためにしか発砲していない。いまはアチェ人にとって悲劇的な時期なのだから」
 インドネシア陸軍参謀長は同日、非公式な停戦にもかかわらず、この2週間で少なくとも120人の分離主義反乱者を殺害したと主張している。(AP, 05/01/20)
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by NINDJA | 2005-01-20 12:00 | 軍事作戦・人権侵害