2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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2005年 07月 06日 ( 3 )

○マタン・バル村について(5月18日に送られてきた報告を翻訳)

 4月6日におこなったモニタリングでは、北アチェ県タナ・パシール郡マタン・バル村の人びとは、北アチェ県知事の許可を得て、元の村に戻り、掘っ立て小屋を建てはじめています。彼らは、安全だと思う場所に、自由に家を建てています。なかには雨季にそなえて、竹の掘っ立て小屋を建てている人もいます。
 5月17日まで、マタン・バル村の人びとは、2回目の生活保障を受けていません。また、まだ波が荒いため、漁師たちは漁に出られずにいます。
 マタン・バル村へのサウォッ支援(サウォッ・シラン60、サウォッ・サベェ8)で、村の責任者を務めてくれたタルミジさんは、少し困った立場に立たされてしまいました。サウォッ支援について自分を通さなかったとして、パンリマ・ラウット(海の慣習法指導者)が怒り、漁民への支援があっても、タルミジさんには配らないそうです。

<国民信託党からの漁船支援>
 マタン・バル村には、国民信託党(PAN)から3艘の漁船の支援があり、操業がはじまりました。ハルカットとよばれる収穫を分配するシステムがとられます。この漁船では主にエビ、ときに魚を獲ります。朝6時から12時まで漁に出ます。
 収穫の分配は以下のようにおこなわれます。1艘の漁船に2人が乗り、だいたい6万から10万ルピア、多いときには20万ルピアもの収穫があります。それを
・ガソリン代 1万5000ルピア
・労賃 5万ルピア×2人
・残り パワン・ラウット(漁船ごとの責任者)
で分けます。漁船を管理するパワンは、この残りを貯めていき、漁船代に達したら、漁船はパワンの所有物になります。だいたい3年間で漁船代をまかなえそうです。人びとは、あまりこの支援に関心をそそられていません。

<赤ん坊が死亡>
 4月、3カ月の赤ん坊スフィが高熱にかかり、父親ルスリ・アブドゥラがチュッ・ムティア病院に連れて行きましたが、お医者さんには診てもらえませんでした。看護士が看ましたが、ルスリは耐えられなくなり、2日後に村に赤ん坊に連れて帰ったのでした。ルスリは、村の伝統的な薬を与えたようですが、赤ん坊は亡くなりました。

<仮設住宅>
 マタン・バル村の世帯数は305です(以前のデータでは117世帯となっていましたが)。仮設住宅の数は240で、うち30はクアラ・チャンコイ村の避難民に与えられました。
 仮設住宅は以下のような状況です。
・トイレあり
・井戸あり(ただし塩水)
・国境なき医師団からの飲料水の支援あり
・海外の支援による医薬品は十分である
・水田地帯に建設されたため、雨が降ると、仮設住宅への道はぬかるみ、水が仮設住宅の下まであふれる
・雨のときは、トイレもあふれる
・元の村に戻った住民は約50世帯

<海兵隊による暴力>
 津波前、マタン・バル村には、海兵隊第7部隊のポスト(詰所)があり、漁に出る人は全員、海兵隊ポストに出頭する義務がありました。
 津波の約1カ月前、漁師のアブドゥラ・ラマン(45歳)が、海兵隊員によって射殺されました。アブドゥラは、海のほうから来た自由アチェ運動(GAM)メンバー3人をかくまっていたのです。海兵隊が朝、捜索作戦をおこなったとき、アブドゥラは家の捜索をさせませんでした。海兵隊員は窓から家を覗いたとき、このGAMメンバーが窓から武器を突き出し、海兵隊員の頭を殴りました。3人のGAMメンバーは北のほうに逃げ切り、海のほうに逃げたアブドゥラは射殺されました。
 津波後、海兵隊第7部隊は、ムナサ(村の祈祷所、集会施設)にポストを建てました。12人が駐屯しています。
 5月4日23時ごろ、仮設住宅の夜警所で夜警をしていた住民が、海兵隊員に殴られるという事件が起きました。毎晩12人が夜警しなくてはなりません。23時、海兵隊員が夜警の監視に来たとき、たまたま一部の人間がコーヒー屋台にいて、夜警所には5人しかいませんでした。この5人は一列に並ばされ、いろいろなことを質問され、平手打ちされたのです。
 アミル(25歳)は、平手打ちで唇にケガをしました。ほかの4人の状況はわかりません。人びとはトラウマを抱えていて、ほかの人びとの生命の安全を脅かすようなことについて、互いに気にしていられなくなっています(人びとは口をつぐんでいます)。
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by NINDJA | 2005-07-06 12:24 | NINDJAの救援活動
 ユスフ・カラ副大統領は6日、来週ヘルシンキで開催される政府と自由アチェ運動(GAM)の非公式協議が、覚書(MoU)の草案について議論することが目的であることを明らかにした。この協議で、MoU草案が合意されれば、その結果を実行に移すため公式協議に臨むことになる。協議はヘルシンキに拠点を置く危機管理イニシアチブ(CMI)が進行役をつとめる予定である。
 国会議員の一部にアチェ和平協議を非難する声があることについて、カラ副大統領は、個人的な見解にすぎないと述べている。(Antara, 05/07/06)
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by NINDJA | 2005-07-06 12:00 | 和平への動き
 インドネシア副大統領で、ゴルカル党党首のユスフ・カラは6日、数十人の政党指導者を官邸に招き夕食会を開いた。出席したのは、改革星党、国民信託党、民族覚醒党、民主党、月星党、幸福正義党、開発統一党の党首などである。また、スシロ・バンバン・ユドヨノ大統領と、法・人権相も出席した。
 この会合のなかで政府は、アチェでの紛争を平和に終結させるプロセスを支持するよう各党に求め、その第一歩としてナングロー・アチェ・ダルサラムの地方首長選挙で元自由アチェ運動(GAM)メンバーが立候補することについての合意を求めた。
 出席した全党メンバーは政府の要請に賛成している。(TEMPO Interaktif, 05/07/06)
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by NINDJA | 2005-07-06 12:00 | 和平への動き