2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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2005年 07月 10日 ( 1 )

(6月2日に送られてきた報告を翻訳)

○スヌドン郡の状況
 東ウレェ・ルベック村では、ほとんどすべての台所(注:塩水を煮込む掘っ立て小屋)で塩づくりがおこなわれるようになりました。みんな、塩づくりの器具の支援に、とても感謝しています。ほかの人から器具を借りないで済むようになったからです。
 トゥピン・クユン村では、(器具のほか)台所の屋根用にルンビアの葉を支援したあと、人びとは台所を建設しています。

○サムドゥラ郡の状況
<クルン・マテェ村>
 クラペ(魚の種類)を獲る漁網、サウォッ・サベェ、アンコイの支援を受け、人びとは、 2週間前(5月半ば)から漁をはじめています。1日2万5000から 3万5000ルピア稼げています。住民のほとんどは、まだ仮設住宅で暮らしています。

<ブラン・ニボン村>
 サウォッ・サベェ、サウォッ・シランの支援を受けた人びとは、ほぼ毎日2万から 3万ルピア稼げています。誰も仮設住宅で暮らしていません。

<マタン・ウリム村>
 サウォッ・サベェ、ジャラの支援を受けた人びとは、やはり少し息をつけるようになりました。サウォッ・サベェの支援を受けた人は、1日1万5000から2万ルピア稼いでいます。ジャラの支援を受けた人は、いまは川や海岸沿いでクラペ(魚の種類)を獲っています。日々、家で食べるほか、8000から1万ルピアの稼ぎにつながります。これはプウク村やサワン村でも同じ状況です。

<西ランチャン村>
 設置した水道は、いまも十分機能しています。人びとは朝も、昼も、夕方も、この水をつかってマンディ(水浴)し、洗濯をしています。支援した31のジャラも、子どものおこづかいを稼ぐのに役立っています。人びとは、養殖池近くの川で魚を獲っています。
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by NINDJA | 2005-07-10 16:31 | NINDJAの救援活動