2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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カテゴリ:GAM情報( 24 )

 1日9時50分(西部時間)、30人のGAM受刑者が釈放され、メダンのポロニア空港経由で移送された。受刑者たちの釈放は、7月13日の恩赦にもとづいている。法・人権省北スマトラ州地区所長のウントゥン・スグヨノは1日、今回釈放されたすべての受刑者が刑事事件の受刑者であると語った。「しかしGAMとはまだ関係がある」
 ウントゥンによれば、これら受刑者は火器や弾薬の所有や強盗事件に関わっていたという。彼らの釈放は、54人の受刑者を釈放するという法・人権省の合意にもとづいている。
 3カ月前にも、法・人権省北スマトラ州地区所長は、13人のGAM受刑者を釈放し、ポロニア空港経由でアチェへ移送した。彼らも刑事事件受刑者と記録されており、2002年以来、3年から4年の刑で収監されていた。(TEMPO Interaktif, 06/08/01)
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by nindja | 2006-08-01 12:00 | GAM情報
c0035102_11364236.jpg ロスマウェ市チュッ・ムティア病院には、いつも5人ほど長髪の若者がいる。彼らは上官の命令で、病院にスタンバイしている自由アチェ運動(GAM)メンバーだ。「交替で任務に就いている。たとえば救急車から降ろすのを手伝うとか、なにかできることがあるかもしれないから」
 長髪は注目の的だ。人びとは、彼らが武器を置き、山のゲリラ活動から戻ったばかりのGAMメンバーだとすぐわかる。
 ムアラ・バトゥ郡カンダン村出身の元メンバーは、アチェ監視使節団(AMM)が活動を開始して以来、病院に詰めている。GAMメンバーが治療を受けるときは、彼が助ける。「それぞれ分担があるんだ」
 ブラン・マンガット郡出身の元メンバーは、山から降り、村に戻ったときは奇妙な気がしたと語る。1998年からGAMに加わり、戒厳令中は、奥地の村々を目の隅に入れるだけだった。町に来るのは絶対不可能だった。「(山では)ハンモックで寝ていた。携帯電話のラジオを聴くのが精一杯。それだって、音が外に漏れないようイヤホンをつかったよ」
 村に戻り、多くの人びとに会って、別の世界に来たような気がしたという。山では右も左も森で、ときにはトラやヘビを見た。「明るいランプを見たときは驚いた。数週間して病院に詰めることになり、少しずつ慣れていったんだ」(NINDJA, 05/11/17)
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by NINDJA | 2005-11-17 12:00 | GAM情報
 これまでアチェからのインドネシア国軍の撤退が近づくたびに、テレビ、ビデオ・デッキ、ステレオ、冷蔵庫、クーラーといった電化製品や金などの略奪がおこなわれるなど、アチェ住民を不安にさせる行為が起きている。今年8月中旬、ヘルシンキで、自由アチェ運動(GAM)とインドネシア共和国とのあいだで和平協定が調印されるが、その後にこのような行為をインドネシア国軍がとる可能性は高い。(和平協定調印後)国軍がアチェから撤退するという噂があるからだ。
 そのためGAMは、インドネシア国軍司令官にアチェからの撤退を前にして、略奪、搾取、暴力行為をおこなわないよう国軍をコントロールするよう求めている。このことは、東ティモールで住民投票後に国軍が犯したような過ちを繰り返さないよう国際社会に示すだけでなく、アチェにおける人権侵害事件のリストをインドネシア国軍や警察が増やさないようにするためのものだ。(ASNLF, 05/07/19)
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by NINDJA | 2005-07-19 12:00 | GAM情報
 自由アチェ運動(GAM)広報官バフティアル・アブドゥラは14日、ヘルシンキで声明を発表、インドネシア政府がアチェに政党設立を提案する準備があることを歓迎すると表明した。政府提案の詳細を明確にする必要があるとしながらも、GAMは政府が民主主義の基本的理念である結社の自由を認めたことを受け入れるとしている。さらに、政府がアチェの人びとの民主的権利を確保するメカニズムを確立するのならば、GAMは持続的な政治解決に向けた合意に達する可能性があると信じると希望を表明している。
 アブドゥラ広報官は、GAMはみずからの利益のために政党設立を求めているのではなく、多くの政党が認められることを確保したいと語っている。(ASNLF, 05/07/14)
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by NINDJA | 2005-07-14 12:00 | GAM情報
 スウェーデン政府は、同国に居住している自由アチェ運動(GAM)指導者のザイニ・アブドゥラに対し1万クローナ(1225万ルピア)の補償をおこなう予定である。同氏の弁護士によれば、これは、スウェーデン検察庁が同氏を2004年6月15日から18日まで勾留したことに対する補償であるという。
 昨年、ザイニ・アブドゥラとマリク・マフムドは、国際法違反で訴えられた。また GAMの最高責任者であるハッサン・ティロは家宅捜査は受けたものの、健康を理由に勾留はされなかった。
 しかしその後、裁判所はそのGAM高官を勾留するための証拠が不十分だとして、3人を釈放した。またスウェーデン検察庁は今年4月、マリク、ザイニおよびハッサンがインドネシアでテロ行為に関与したとするインドネシア政府の訴えには証拠がないとして捜査を中止している。(TEMPO Interaktif, 05/07/05)
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by NINDJA | 2005-07-05 12:00 | GAM情報
 以下は、赤十字スタッフが銃撃されたことを受けて22日に出された自由アチェ運動(GAM)の声明である。

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 われわれは、インドネシア治安部隊によって外国の赤十字スタッフが昨晩、西アチェで銃撃されたことを強く非難する。
 当然ながら、インドネシア国軍は、GAMを非難している。しかし、それこそが銃撃の目的なのである。少し考えれば、その理由ははっきりする。
 GAMとアチェ人がついに実現したアチェにおける外国の存在を歓迎しているのに対し、インドネシア政府と国軍は恐怖を感じている。彼らは暴利をむさぼるための外貨は望んではいるが、外国人自体は望んでいない。必然的に、外国人は全ての政治的な事件に巻き込まれる。彼らは、その存在によって紛争を国際化する。とんでもない、彼らはGAMを好んでいるかもしれないのだ!
 津波の数日後、インドネシア政府と国軍は、いつ外国人が去らなければならければならないかについて、すでに話していた。
 インドネシア政府は、外国軍の最終撤退期限を設定した。アチェ人、GAMおよび外国の政府は、その軍隊が残ることを求めた。彼らは、去ることを強制されたのだ。その後、インドネシア政府は、大部分のNGOの最終撤退期限を設定した。
 アチェ人、GAMおよび外国の政府は、あらゆる最終期限に反対していた。大部分のNGOは去らなければならなかった。
 ここ数カ月、インドネシア政府と国軍は、アチェを支援するためここに滞在している善意の人たちに対し、より厳しい規制と官僚主義を絶えず押しつけてきた。
 インドネシア国軍は、これらの厄介な外国人の活動の自由をコントロールしたいのである。GAMとアチェ人は、彼らが希望どおり自由に活動できることを望んでいる。
 外国の援助関係者は、毎日州都から西アチェのムラボーまで200kmの距離を移動している。アチェで最も津波の被害を受けた地域において、外国人は現在、アチェ人がインドネシア治安部隊に抱いている苦々しい感情を毎日聞いている。アチェ人がインドネシアに去って欲しい理由と彼らが圧倒的にGAMを支持する理由について、多くの国際社会ははじめて自身で学んだのだ。
 巨大な波が北および西アチェの海岸に押し寄せ、町と村を呑み込んだとき、アチェ人は最後の審判の日が来たと信じた。しかしすぐに、彼らは米国やほかの外国のヘリコプターが上空に旋回するのを見て、救出、という劇的ななにかを感じた。アチェ人にとって、この救出は単に飢えからの救出ではなく、インドネシアによる暴力という数十年の津波に対する、長く夢見た国際的な保護であった。
 何カ月ものあいだ、アチェにおいて外国のNGOワーカーは、つい先ほど起きたような種類のインドネシア治安部隊の銃撃を恐れてきた。陸軍特殊部隊やインドネシアのほかの特殊部隊はこの種の「闇の作戦」で有名である。
 要するに、外国人を撃って、GAMを非難するということは、一石二鳥なのである。

中央軍司令部、05年6月22日、ソフヤン・ダウド軍報道官(ASNLF, 05/06/22)
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by NINDJA | 2005-06-22 12:00 | GAM情報
 第2回ヘルシンキ和平協議に向けて、アチェ亡命政府 (ASNLF) は2つの基本的目標をここに表明する。
 第1の目標は津波災害被災者を支援する国際人道援助活動を促進し、これを支援することである。これに関して、アチェ亡命政府首相マリク・マフムドは、「第一の関心事は、いつもそうであるように、アチェの人びとのことである」と語っている。
 第2の目標は、国際救援活動を円滑に進めるため、継続的な休戦協定をインドネシア政府と結ぶことである。この休戦協定が永続的な和平の基盤となる。マリク首相は、「 ASNLFは協調と誠意の精神をもって、この歴史的な対話の第2ラウンドに臨む」と語っている。
 永続的平和を実現するため、ASNLFはアチェ紛争解決に向けた一連の政治的決断を考慮する構えである。しかし、協議は、いかなる合意、受諾、特定の立場をも前提とせずに開始する。「平和を達成するために、交渉による政治的解決に向けて努力することを望む」とマリク首相は語っている。(ASNLF, 05/02/19)
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by NINDJA | 2005-02-19 12:00 | GAM情報
○05年2月2日
南アチェ県バコンガン郡ドゥリン村詰所のインドネシア国軍第407歩兵大隊の兵士2人が同村住民の女性(20歳)をレイプした。被害者は自宅でレイプされた。国軍兵士によるレイプ事件は、南アチェ県東クルット郡プチョッ・レンバン村の女性に対しても起きているが、まだ詳細な情報はない。

○05年2月11日5時29分
ビルン県プサンガン郡ルン・ダヌン村詰所の国軍第133歩兵大隊部隊が同郡ランボン・パヨン村のGAM軍兵士のワルディ・ビン・フセン(20歳)に発砲し、被害者は負傷。被害者は武器、その他の証拠品を所持せず。被害者は発砲を受け負傷した状態で、国軍兵士に連行され、その後射殺された。

○05年2月12日
南西アチェ県クアラ・バテェ郡アルー・スンガイ・ピナン村詰所の国軍部隊と同県ブラン・ピディ郡イー・マメー村詰所の国軍部隊が交代することになり、それらの部隊はアルー・スンガイ・ピナン村とクタ・ジュンパ村の仲買人たちから150万ルピアから200万ルピアを強制的に徴収した。また仲買人たちは、国軍兵士にカネを与えない場合、生命の安全は保障されないと脅された。

○05年2月13日(情報を受理)
05年1月24日から現在まで、国軍兵士は、南西アチェ県クアラ・バテェ郡ルモ・パニャン村のGAMの家族すべてに対し、定期的な夜間警備をおこなうよう強制している。

○05年2月13日(情報を受理)
軍事戒厳令当初から現在まで、南西アチェ県クアラ・バテェ郡アルー・スンガイ・ピナン村詰所の国軍兵士が同村およびクアラ・ジュンパ村において農園に行くすべての農民に対し1日につき3000ルピアおよびニクズク5個を収めるよう強要している。またニクズクの収穫を持ち帰った農民に対しても、国軍はニクズク1kgにつき400ルピアを収めさせている。

○05年2月13日
北アチェ県バンダ・サクティ郡ウレェ・ジャラン詰め所の諜報合同部隊(SGI)が民間人2人を拘束。被害者は、北アチェ県バンダ・サクティ郡ウジョン・ブラン村住民のムザキル・ビン・ウマル(42歳、商売人)および同村住民のM・アミン・ビン・ウマル(53歳、漁師)。現在まで、彼らの消息は不明。

○05年2月13日10時30分
東アチェ県プルラック郡マタン・アロン村詰所の国軍海兵隊部隊が、同郡ブラン・バロッ村住民のライリ・ビンティ・アブドゥラ(26歳、主婦)を虐待。

○05年2月13日10時30分
東アチェ県ヌルサラム郡Aim 7村詰所のデビット・シレガル大尉指揮下の国軍第900襲撃部隊がAim 3村の住民に対し、無期限でゴムの樹液の収穫を禁止した。その理由は、ゴムの樹液をデビット・シレガル大尉以外に売っている住民がいるからであるという。同大尉は、住民が所有する農園におけるゴム樹液の収穫の購入を独占している。

○05年2月13日21時30分
諜報合同部隊(SGI、陸軍特殊部隊の諜報部員)が、東アチェ県ランサ市ブラン・スニボン村長であり建設業者でもあるハイダル(40歳)を射殺した。

○05年2月14日10時00分
大アチェ県警察警察機動部隊が大アチェ県プカン・バダ郡アジュン村で攻撃的作戦を実施。警察機動部隊は、同村の住民であるM・ユスフ(60歳)の家を家宅捜査し、息子のM・マウラ・ビン・M・ユスフ(23歳、生徒)を逮捕、連行した。現在まで被害者の消息は不明。

○05年2月14日(情報を受理)
国軍襲撃部隊などが東アチェ県ダルル・アマン郡の村の住民すべてに対し、2月6日から20日まで、畑・農園で働くことを禁止した。

○05年2月14日6時00分~14時00分
国軍部隊が大アチェ県ロッ・ンガ郡ナガ・ウンバン村クデ・ビンのGAM軍を襲撃。GAM軍部隊は戦闘を避けようと努めたが、国軍がGAM軍部隊に向けて散発的に発砲を続けたため、GAM軍部隊はそれを避けることができず、防衛のため反撃を余儀なくされ、戦闘が約8時間続いた。その結果、GAM軍兵士3人が負傷した。住民からの情報によれば、国軍兵士数名が死亡および重傷を負ったという。(ASNLF, 05/02/14)
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by NINDJA | 2005-02-14 12:00 | GAM情報
○05年2月7日19時00分
 大アチェ県ダルル・イマラ郡ラム・プヌルット・モスクの避難民キャンプで、シンパン・ティガ詰所の警察機動隊が、民間人の避難民であるハムバリ・ビン・ウバット(35歳、大アチェ県プカン・バダ郡ランバロ・ヌジッド村住民)を逮捕した。被害者はGAMであるとの容疑をかけられ、腫上がるまで殴られ、釈放された。

○05年2月9日
 東アチェ県ラント・スラマット郡クデ・バユン村の国軍部隊が、民間人8人(クデ・バユン村のGAM軍兵士M・ヌル・ビン・ユスフ、 25歳の家族)の住民登録証を没収した。

○05年2月9日
 国軍部隊、ビルン県プサンガン郡のルボック・ストゥイ村、パンテ・カルヤ村、クルン・ム村、カイェ・チレット村などの集落で、GAM軍メンバーの捜索のため軍事作戦を実施。

○05年2月9日12時30分
 国軍部隊、ナガン・ラヤ県東スナガン郡クルン・キラ地域でGAM軍部隊を襲撃。

○05年2月9日13時00分
 大アチェ県インドラブリ郡ムルエ村で民間人の住民数人が、インドネシア国軍部隊に殴られ、軽傷および重傷を負う。被害者の身元は未確認。

○05年2月9日17時00分
 国軍部隊、大アチェ県インドラプリ郡ムルー村のGAM軍部隊を襲撃。GAM側に被害者はなし。しかし国軍部隊は、ムルー村の民間人5人を射殺。

○05年2月9日18時15分
 東アチェ県プルラック郡クアラ・ブガック詰所の海兵隊が、民間人1人に発砲し、死亡させる。被害者は、東アチェ県プルラック郡ルゲ村住民のアタイラ・ビン・スレイマン(27歳、漁師)。被害者は撃たれたのち、自宅で死亡。

○05年2月9日19時00分-20時00分
 国軍部隊、東アチェ県イディ・チュッ郡ランボン・ロップ村のGAM軍部隊を襲撃被害者についての報告はまだない。(ASNLF, 05/02/11)
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by NINDJA | 2005-02-11 12:00 | GAM情報
○05年2月8日22時00分
 南西アチェ県クタ・ティンギ郡マタ・イー村住民のM・ナザル(38歳)、インドネシア国軍部隊に拘束され、殺害される。被害者には、鋭利な武器で切られた痕がいくつもあった。

○05年2月9日14時00分
 警察機動隊がガヨ・ルゥス県クタ・パンジャン郡ブラン・ランカ村タケゴン通り地区のGAM軍部隊を襲撃。GAM軍部隊は自衛のため、反撃を余儀なくされ、その結果、警察機動隊員3人が死亡。GAM軍兵士は全員無事。

○05年2月9日16時00分
 東アチェ県クタ・ビンジェ詰所の諜報合同部隊(SGI)が東アチェ県ジュロック郡ブキット・ディンディン村の住民5人(女性4人)を拘束。
 拘束の理由について国軍部隊は、バイティ・ビンティ・プテ(27歳)がレイプされた事件について、GAMに報告した人物を被害者たちが匿った容疑だと主張している。被害者はすべて連行され、現在まですべての被害者の消息は不明。

○05年2月9日16時30分
 国軍兵士約50人が大アチェ県インドラプリ郡ムルー村水田地帯で軍事作戦を実施。同部隊はGAM軍部隊兵士8人を目撃し攻撃したため、戦闘が約2時間続く。その結果、GAM軍兵士3人が死亡。
 その後、GAM軍部隊は20数人の兵士を現場に派遣したため、国軍は撤退した。10日にそのGAM軍兵士3人の遺体は、埋葬するため住民により収容された。(ASNLF, 05/02/10)
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by NINDJA | 2005-02-10 12:00 | GAM情報