2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


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カテゴリ:GAM情報( 24 )

○05年2月1日
 インドネシア国軍第900襲撃部隊がトゥピン・バテェ村(東アチェ県)住民への主食を制限。家長は1日あたり600gのコメを買うことしか許されていない。1世帯が 1日に食べるコメの量は最低1.5kgであり、この規制は住民を苦しめている。

○05年2月1日16時
 東アルー村駐屯の国軍第200襲撃部隊は、東アチェ県イディ・トゥノン郡のトラック運転手アブバカル・ビン・ハムダン(22歳)の車1台を焼き討ちにした。犠牲者が、同部隊に対して、アブラヤシ輸送賃金から「通行料」を支払わなかったため。犠牲者は、陸軍戦略予備軍第330部隊のみで「通行料」を支払っていた。

○05年2月2日
 国軍兵士数百人がビルン県プサンガン郡の村々で自由アチェ運動(GAM)捜索のため大規模な軍事作戦をおこなった。国軍部隊はダルル・アマン村の村長であるイスマディ(34歳)を誘拐すると脅したため、現在その村長は家に住むことを恐れて、やむを得ず別の場所に移った。

○05年2月2日
 ビルン県プサンガン郡に駐屯する国軍第133歩兵大隊(司令官はフィルマン・サントソ)は住民サレー・ベン(60歳)が所有するホンダ製バイク1台を強奪した。

○05年2月2日19時45分
 スヌボック村(東アチェ県)駐屯の国軍部隊は、東プルラック通りで、東アチェ県プルラック郡ババ・クルン村住民バスヤの娘で妊娠中であったニラワティ(21歳)を射殺した。ニラワティは夫(ヌルディン・アッバス、27歳)に連れられ、村の診療所に行く途中であった。ニラワティは夫のバイクに相乗りしており、その国軍ポストの前を通過する途中、突然右側から頭部を撃たれ、バイクから落ちた。ニラワティはルビ・イスワディ少尉の命令で撃たれた。

○05年2月3日
 2005年1月27日、ビルン県プサンガン郡ダルサラム村住民3人が、村で川魚を探していたところ、国軍第512歩兵大隊によって撃たれた。
1. ファウザン・ビン・ヌルディン(18歳):現在まで遺体は発見されていない。
2. ユスリ・ビン・アリ・バスヤ(28歳):遺体はすでに住民によって運ばれた。遺体には銃で撃たれたあとがあるほか、耳が切り落とされていた。
3. アンサリ・ビン・アルファン(30歳):遺体はすでに住民によって運ばれた。遺体には銃創があった。(ASNLF, 05/02/05)
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by NINDJA | 2005-02-05 12:00 | GAM情報
○05年1月25日
 25日まで、大アチェ県ロッ・ンガ郡ラム・ロム詰所の国軍部隊は、ラム・ロム居住地の避難所に避難している大アチェ県ロッ・ンガ郡ラム・ギレック村の住民に対し村に戻ることを禁止している。しかし住民は家を見に行きたい思っている。同村を襲った津波の被害はそれほど甚大ではなく、同村の大部分の家は完全な状態で残っている。一般的に、住民は家畜と農園を所有している。

○05年1月25日
 ナガン・ラヤ県スナガン郡キラ村、カデ村、ブラン・トゥンク村およびその周辺で、国軍兵士数百人がGAM捜索のため大規模な軍事作戦を展開。また西アチェ県ブトン郡のバラン・バロー、バラン・クルン・チュッ、パンテン・バヤム、ブラン・ネアン、ブラン・サペン、トゥウィ・ブンタ、クルン・セサップ、およびその周辺でも軍事作戦を実施。それらの地域の状況は緊迫しており、住民は外出することができない。

○05年1月25日6時
 国軍がビルン県パヤ・ブル村でGAM軍部隊を攻撃。その結果、GAA軍兵士のサイフル・バフリ(36歳)が軽傷を負い、所持していた携帯電話1台が国軍に強奪された。

○05年1月25日7時30分
 ビルン県マクムル郡ムルボ村で国軍部隊がGAM軍部隊を襲撃。国軍部隊はGAM軍部に向けて散発的に銃撃したが、GAM軍部隊は戦闘になることを避けるために反撃せず。被害者はなし。

○05年1月25日9時05分
 ビルン県ガンダプラ郡チョッ・クルン詰所の諜報合同部隊(SGI)および国軍ユドゥハ・サクティ第133歩兵大隊がトゥピン・キロで軍事作戦を実施。それらの部隊は、同村の以下の住民(民間人)4人、イブラヒム・ビン・ハジャド( 45歳、農民)、マルヤティ・ビン・イブラヒム(21歳)、サイファンヌル・ビン・ソフヤン(4歳、マルヤティ・ビン・イブラヒムの子ども)、サイフル(2歳、マルヤティ・ビン・イブラヒムの子ども)を誘拐。
 4人の被害者は同村における最貧の住民である。その4人の被害者は諜報合同部隊にGAMのスパイであるとの容疑をかけられている。その4人は国軍部隊に連行され、現在まで消息不明。

○05年1月25日14時
 国軍部隊、大アチェ県モンタシック郡アトゥン村で軍事作戦を実施。GAM軍兵士の家族の家2軒を破壊。

○05年1月25日18時10分
 東アチェ県東プルラック郡アル・ラワン詰所の国軍海兵隊および警察機動隊が、同郡スヌボック・ラワン村のタルミジ・ビン・イリアス(17歳、高校生)を拘束。被害者は、GAMの兵たん業務を担当していたとの容疑がかけられている。現在まで消息不明。(ASNLF, 05/01/26)
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by NINDJA | 2005-01-26 12:00 | GAM情報
○05年1月18日10時~11時
 インドネシア国軍部隊がナガン・ラヤ県東スナガン郡キラ村トゥウィ・グチ地区のGAM軍司令部を包囲。GAM軍は戦闘を避けたが、国軍がGAM軍に向け発砲したため、防衛のためやむを得ず反撃。戦闘は1時間続く。その結果、GAM軍兵士2名が軽傷。国軍は撤退。インドネシア赤十字社の報告によれば、その戦闘で国軍兵士数名が死亡、重傷。

○05日1月19日
 北アチェ県ムアラ・ドゥア郡パル・プンティ村住民のアズハリ・ビン・ラフマン(25歳)が拘束後、同郡ブラン・プロ村へ連行され、エクソン・モービル詰所の第125歩兵大隊の兵士に拷問を受け死亡。被害者がなぜ拘束され、死亡するまでの拷問を受けたかの理由は不明。

○05年1月20日
 北アチェ県シャムタリラ・バユ郡ブラン・マニャル村のGAM軍メンバー、ナディ・ビン・ユスフ(26歳)、国軍に拘束される。被害者は武器(証拠品)を所持せず。現在まで消息不明。

○05年1月21日
 1月18日に戦闘が起きて以来、数百人の国軍兵士が大規模に軍事作戦をナガン・ラヤ県東キラ・スナガン村トゥウィ地区で実施。1月24日の時点でまだ数百人の国軍兵士が同地区で軍事作戦を実施中。

○05年1月22日10時
 東アチェ県ダルル・アマン郡ムナサ・クタパン村で国軍部隊がアチェ国軍部を攻撃。被害者はなし。

○05年1月22日9時
 警察機動隊(トラック2台)、メル、マンガ村で軍事作戦。四方八方に発砲し、地域住民をおびえさせる。ムル、マンガ村の住民ジャファル・ビン・スライマン(25歳)、スブハン(23歳)、推定300万ルピアの損失。

○05年1月22日5時
 国軍・国家警察合同部隊、西アチェ県インドゥラプリ郡ラム・グンパン村で軍事作戦を実施。四方八方に発砲。その結果、住民が恐怖を感じトラウマに。

○05年1月22日10時
 東アチェ県ヌルサラム郡バゴック・スティヤ村住民、ジャファルディン・ビン・ヤフヤ(28歳、農業)、陸軍戦略予備軍第330部隊に腫れ上がるまで殴られる。

○05年1月22日18時30分
 東アチェ県ヌルサラム郡アイム3村に国軍第900襲撃部隊7グループが増員され、同地域で軍事作戦を実施していたほかの襲撃部隊と合流。

○05年1月22日17時
 国軍・国家警察合同部隊、大アチェ県クタ・チョッ・グリ郡シル・ブラン村で軍事作戦を実施。シル・ブラン村住民のファウジ・ビン・ハサン(40歳)が虐待を受ける。

○05年1月23日8時
 アル村住民のハムダニ・ビン・ハシム(22歳)は、GAMとなんら関係のないにもかかわらず、国軍第133歩兵大隊部隊に同村で発砲を受け死亡した。その後、国軍はGAMの旗と無線機1台を被害者の遺体に置き、被害者がGAMメンバーだったと述べた。

○05年1月23日夜
 北アチェ県マタン・クリ郡タンジュン・スリクイ村住民のイブラヒム・ビン・ウスマン(18歳)が北アチェ県アル村エクソン・モービル詰所の国軍部隊の発砲を受け死亡した。

○05年1月23日5時
 北アチェ県サムドゥラ郡マダン村住民(推定24歳、身元不明)が国軍兵士の発砲を受け死亡。遺体は、北アチェ県マタン・クリ郡トゥピン・クブ村に棄てられる。

○05年1月23日朝
 国軍部隊、北アチェ県ロスコン郡ムナサ・ランブ村で軍事作戦を実施。GAM軍兵士のアブドゥルラ・ビン・ジャミル(27歳)が無抵抗のまま拘束される。武器 (証拠品)は所持せず。現在まで消息不明。北アチェ県ジャンブ郡チョッ・バダ村住民のルスラン・ビン・カセム(22歳)拘束されたのち、北アチェ県ロスコン郡チョット・ブリン村に連行され、銃殺される。北アチェ県ロスコン郡ムナサ・ブラン村住民のスライマン・ビン・ムサ(30歳)、拘束される。現在まで消息不明。

○05年1月23日20時
 国軍部隊数百人がビルン県のプサンガン郡、マクムル郡で大規模な軍事作戦を展開。情報によれば、国軍はGAMの捜索のため、その2郡の境界地域で5日の軍事作戦を大規模に展開するという。同地域の状況は緊迫しており、住民は外出できないでいる。

○05年1月23日12時
 東アチェ県ブルラック郡ウトゥ・ダマ村詰め所の国軍第200襲撃部隊が同郡パヤ・ガジャ村で軍事作戦を実施。その結果、同村の住民がGAMを保護しているとの容疑をかけられ、殴打、脅迫を受ける。

○05年1月23日16時
 東アチェ県イディ・ラユッ郡ブケット・パラ・イディ村住民のシャイフディン・ビン・ラザリ(25歳、乗り合いバイク運転手)がGAMのスパイであると容疑をかけられ、警察機動隊に拘束される・現在まで消息不明。

○05年1月23日18時20分
 国軍部隊、東アチェ県イディ・トゥノン郡ジャンブ・プテック村でGAM軍部隊を攻撃。被害者はなし。

○05年1月23日21時
 国軍、東アチェ県スルバ・ジャディ郡ミリディ村でAGAM軍部隊を攻撃。被害状況の報告はまだない。

○05年1月24日
 国軍合同部隊(第500襲撃部隊、第900襲撃部隊、第200襲撃部隊、陸軍戦略予備軍第330部隊、陸軍戦略予備軍第312部隊)は東アチェ県プルラック地域のGAM軍防衛キャンプの捜索のため、大規模な軍事作戦を展開中。(ASNLF, 05/01/24)
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by NINDJA | 2005-01-24 12:00 | GAM情報
○05年1月19日10時45分
 東アチェ県プルラック郡スンゴ・ラヤ、アルー・イタムで、マリアニ・ビンティ・ハサン(19歳、女性)とアブドゥラ・ビン・ハミド(45歳、農民)が、インドネシア国軍R-200大隊に激しく殴打され、危篤状態である。

○05年1月19日0時0分
 東アチェ県プルラック、パヤ・ガジャで、M・ヌル・ビン・ムイド(32歳、商人)がバタム島への出張から戻ったところを国軍R-200部隊に射殺された。同部隊第3班隊長トリスラ・カンパニーは、家族の目前で処刑された犠牲者から1250万ルピア奪った。
 東アチェ県プルラック郡ロッ・パヤで、M・ナシール・ビン・サレー(35歳、商人、バタム島住人)はラジャ・ムリゴ基地の国軍R-500大隊に殴られ、850万ルピア奪われた。チュッ・アマット・ビン・ジャファー(65歳、農民)、彼の息子 3人―ザカリア(22歳、オートバイ運転手)、ユスフ(26歳、農民)、ジャラニ(40歳、農民)―、ラフマン(50歳、農民)がむごたらしく殺された。

○05年1月20日9時0分
 東アチェ県西プルラック郡カブで、ムスリアディ・ビン・サイド(28歳、農民)、アミンルディン・ビン・サレム(20歳、商人)が、西プルラック郡ブキット・バテェの陸軍特殊部隊に殴打され、危篤状態である。同部隊は、別の村のイブラヒム・ビン・カサ(45歳、農民)の家も荒らした。

○05年1月20日7時15分
 東アチェ県プルラック郡マタン・グルゥで、GAMランボン・パヨン地区司令官トゥンク・ハシム(55歳)が、国軍部隊との銃撃戦で射殺された。数人の漁師が殴打された。アブドゥラ・ビン・ルスリ、ムスタパ・ビン・ルスリ、アブドゥル・ガニ・ビン・フシン、アムリ・ビン・ダラン。ルスリ・ビン・アブ・バカル(漁師)とトゥンク・イドリス・ビン・ムハマット(教師)は拘禁された。

○05年1月20日14時15分
 ラント・スラマット郡アル・ラヤで、ジャラルディン(29歳、漁師)はラントウ・スラマットのチョッ・ギレッ駐屯所の海兵隊員に殴られ、危篤状態である。

○05年1月20日10時0分
 ヌルサラムで、村人が国軍から、余剰米をもっているのがばれたら射殺されると脅かされた。ジュナイディ・ビン・イドリス(17歳、学生)はGAMのスパイだと容疑をかけられ、兵士に殴られ、危篤状態に陥っている。

○05年1月20日16時45分
 東アチェ県西プルラック郡パヤー・ブルノッで、アブドゥラ・ビン・ムハンマド・ナシル(23歳、津波災害被災者)は両親の元に帰ろうとしているところを、西プルラック郡バロにあるスマタン詰所の海兵隊員に捕まった。アブドゥラは、山から下りてきたGAMメンバーだと疑われた。

○05年1月20日10時00分
 ダルル・アマン郡ムナサ・クタパンで、GAMと国軍のあいだで銃撃戦が交わされる。GAMメンバーは無傷で脱出した。(ASNLF, 05/01/24)
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by NINDJA | 2005-01-24 00:00 | GAM情報
○05年1月12日12時30分
東アチェ県プルラック、スンゴ・ラヤ、アルー・イタムで、アブドゥラ・ワハブ(38歳、ゴム農園労働者)が、アルー・イタム詰所駐屯のインドネシア国軍R-200部隊に殴打された。

○05年1月14日
東アチェ県プルラック、ウトゥン・ダマで、村人が樹液をとりに森に入る際には、国軍に報告するよう命じられる。村の祈祷所(ムナサ)は、セックス・ワーカーを連れた国軍部隊によって選挙されている。この地域の国軍司令官マルリアヌスは、村長に20羽のニワトリと料理用の薪を1週間以内に準備するよう命じた。

バンダル・アラムのブラン・ランボンで、多くの民間人が、アリフィトリ・ヘリアント率いる国軍部隊に対し、活動費用として、500万から1000万ルピアを支払うよう強制された。支払いを共用されたのは、ラザリ・ビン・プテ(48歳)、ソフヤン・ビン・カセム(38歳)、ナスロン・ビン・フセン、ジャミル・ビン・アフマド(32歳)、ハサナ・ビンティ・ダウド(40歳)、ヌルディン・ビン・ダウド(30歳)。全員、商人。

ランボンで、国軍諜報部隊員が村人を殴打した。重症を負ったのは、フセン・ビン・ジュニ(55歳)、ラフマン・ビン・フセン(40歳)、ダウド・ビン・スレイマン(42歳)、イブラヒム・ビン・ヌルディン(22歳)、M・アリ(25歳)、KS・アルムシャ(18歳)。全員、農民。

○05年1月15日
アサム・ランパックで、自由アチェ運動(GAM)と国軍の武力衝突が起きた。犠牲者は報告されていない。

武力衝突後、マタン・スルマック(バンダ・アチェ=メダン幹線道路から3.5km)で、国軍兵士はM・ヤコブ(45歳、漁民)、デシ・ラトゥナサリ(女性、6歳)を射殺した。

ランボンのブラン詰所に駐屯する国軍司令官アリフィトリ・ヘリアントによって、ゴム農園労働者が、収穫したゴム樹液1キロごとに500ルピア支払うよう命じられる。

8時45分、西プルラックのパヤ・スンガットで武力衝突が起きる。GAMメンバー5人が死亡、3丁の武器が押収される。 (ASNLF, 05/01/16)
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by NINDJA | 2005-01-16 12:00 | GAM情報
 国会第1委員会委員長テオ・サンブアガ議員は13日、自由アチェ運動(GAM)が自発的に政府と休戦するとしたことを歓迎し、この休戦に外国の仲介は必要ないとの見解を示した。「これを契機にGAMは銃を置き、国軍は軍事作戦を止めるべきだ。インドネシア・ウラマー協議会(MUI)、国家人権委員会、アチェの有力者、NGOの代表など、外国人でなくともGAMの代表と政府高官の間にたって和平対話を仲介できる人びとは国内にいる」。テオ議員はまた、アチェで国軍兵士を増強することに賛成の意向を示した。国会は、すでにアチェの復興支援のために2億2500万ルピア増額することに同意しているという。(detikcom, 05/01/13)
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by NINDJA | 2005-01-14 12:00 | GAM情報
 インドネシア・アチェ州の独立派「自由アチェ運動」の亡命指導部は13日、スマトラ沖地震の救援を促進するため、政府と停戦協議をする用意があるとの声明を発表した。(Kyodo, 05/01/14)
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by NINDJA | 2005-01-14 12:00 | GAM情報
アチェ国軍(TNA)は、国際援助ワーカーのアチェ全域への自由なアクセスと安全を保障する。われわれは、インドネシア植民政府が国際援助ワーカーに対し、安全を保障できないと警告したことを理解している。これは、国際援助ワーカーの存在を非常に恐れ、彼らを追い払おうとするインドネシアの動きでしかない。この目的のために、町での無差別に発砲する、われわれの軍が援助物資の配給を妨害しているなどと誤った情報を流す、といった試みがなされている。たった一つの目的、つまりアチェから国際援助ワーカーを追い払うために。彼らはアチェにおける国際関与を好んでいないのだ。
ムザキル・マナフ(ASNLF, 05/01/11)
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by NINDJA | 2005-01-11 11:00 | GAM情報
<GAMプルラック広報官からの携帯メッセージ>
○05年1月4日14時
・パトゥボン村農婦バシア・ビンティ・ウスマン(31歳)が、自宅にて、キジャンに乗ったインドネシア国軍兵士に逮捕、連行された。
・ヌルス・サラムは、規定以上の900グラムのコメを自宅でもっていたとして、国軍に100日間働くのを禁止された。彼には4人の子どもがいる。
○05年1月6日8時半
・バンダル・アラムのジャンボ・ルハット村の農夫ラフマディ(20歳)、イブラヒム(19歳)が、バンダル・アrムのブラン・ランボンに駐屯する陸軍戦略予備軍第330部隊に撃たれて死亡した。
○05年1月7日11時
・バンダ・アチェ=メダン幹線道路から4kmのジュロックのパヤ・パシで、国軍との武力衝突。
・ブミ・フロラ農園農夫のアブドゥル・ラティフ・ビン・ラニ(35歳)が、国軍の作戦で射殺される。
○05年1月8日7時15分
・バンダ・アチェ=メダン幹線道路から3kmのルゥン・アンゲンで、国軍がGAMの小隊を攻撃した。9時15分、同部隊が同道路から6kmのラント・スラマットのロッ・タンボで攻撃した。

<GAMピディ広報官からの携帯メッセージ>
・ピディ地域の津波の被害状況:死者2900人、行方不明者641人、難民6788人。ピディ外での死者600人、大規模難民キャンプ数59。難民キャンプ内の正確な人数は不明。

<GAM北アチェ県プサンガン広報官からの携帯メッセージ>
○05年1月4日14時半
・パロー・プラディ村のGAM兵士ダルウィン・ビン・ユヌス(24歳)が、国軍兵士に射殺される。国軍は現在、丘陵地帯を選挙し、マタン・グルンパン・ドゥア、チョッ・ガプ、クルン・マネーを監視中。

<GAMアチェ・ラユッ広報官からの携帯メッセージ>
○05年1月2日6時
・GAMモンタシック地域司令官ムクリスの妻ワンティ・ビンティ・ブルハン(20歳)が、インドラプリで、キジャンに乗った国軍兵士に誘拐される。
○05年1月6日
・50人以上の警察機動隊が、ププカン・バダ地域のグラ、ランバット、ラントゥンゴ、およびランパゲェの村々で、軍事作戦を展開し、発砲している。負傷者は、いまのところ報告されていない。(GAM, 05/01/09)
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by NINDJA | 2005-01-10 12:00 | GAM情報
 自由アチェ運動(GAM)亡命政府は9日、ジャワを本拠地とするイスラーム過激派組織、イスラーム防衛戦線(FPI)とインドネシア・ムジャヒディン評議会(MMI)がアチェに入ったことで、津波災害被災者にさらなる苦しみを与えると憂慮を表明した。

【アチェ亡命政府の声明】
イスラーム防衛戦線(FPI)とインドネシア・ムジャヒディン評議会(MMI)のアチェ入りについて

アチェ国政府(PNA)情報省
ストックホルム 2005年1月9日

 アチェ亡命政府は、イスラーム防衛戦線(FPI)とインドネシア・ムジャヒディン評議会(MMI)がアチェに入ったことを遺憾に思う。危機的状況に瀕するアチェにこれら集団が入ることで、津波被災者に向けられるべきインドネシア政府の資力が損なわれる。FPIとMMIはアチェでは歓迎されておらず、かつてアチェの人びとに支持されたことはなく、彼らの来訪が要請されたわけでもない。 FPIはマルクと中スラウェシの殺戮、ジャワやその他地域での非ムスリムに対する攻撃にも関与してきた。
 FPIとMMIの言動は、コーランやハディースの教えに矛盾し、寛容と信頼にもとづくアチェのムスリムと相反する。FPI、MMIともに、災害救援における実績もノウハウももっていない。彼らの存在は、明らかにアチェの人びとを挑発する企てがある。彼らがアチェに介入してくることは、逆効果である。
 国際社会がアチェに惜しみなく援助の手をさしのべてくれているときに、インドネシア政府は貴重な資金をFPIとMMIのような犯罪組織のアチェへの移動や滞在に割いて無駄にしている。彼らはアチェの人びとの福祉のためでなく、皮肉にもアチェ人がさらに苦しむように状況をさらに混乱に陥れる意図があるのだ。
 アチェ亡命政府は、アチェでの我が部隊に対していまだに軍事作戦が続けられていることを遺憾に思う。われわれは救援活動の便宜をはかるため、一方的な休戦を宣言した。このように危機的状況にあるさなか、いまだに軍事作戦のため限られた資力を軍事作戦に投入するとは、インドネシア政府はアチェ人の福祉ではなく、アチェでの植民地主義的軍事支配に関心があることを示している。
 われわれは国際社会に、FPIとMMIがアチェを去ること、インドネシア政府が軍事作戦をただちに停止すること、を要請するようお願いする。アチェのわれわれの部隊がそうであるように、いまはアチェの人びとを助けることに全力を傾けるべきだ。さもなければ、アチェから出て行くべきだ。

バクティアル・アブドゥラ広報官

【FPIについて】
 FPIは1998年8月に設立され、イスラームの教えを侮辱すると見なされるバー、ナイトクラブ、売春宿、ビリヤード場などの娯楽施設を襲撃することで悪名高くなった。しかし、2002年10月のバリ爆破事件後は暴力活動を和らげるようになり、同事件の追及の矛先はジェマァ・イスラミア(JI)に向けられた。
 バリ爆破事件以前、当局はFPIのナイト・クラブ襲撃などを黙認していた。そのため、FPIは治安当局内部の有力者に後援されていると信じられていた。批評家によると、FPIはナイトスポット経営者たちから金を強要するため、あるときは警察や軍と共謀し、ある時は競合している。
 バリ爆破事件から1カ月もしないうちに、FPIは暴力的襲撃を止めることを公約した。しかし2003年2月に復帰を表明し、西洋人を襲撃するなどと脅した。また、イラクのアメリカ軍と戦うためムスリムに志願を呼びかけたりしている。
 2004年10月には、FPIメンバーが断食月に営業していたジャカルタやその周辺都市のバーを襲撃した。

【MMIについて】
 MMIは2000年8月に結成された。その表向きの目的は、世俗的なインドネシア社会で厳格なイスラムー法を推進することとされた。
 組織の指導者は急進的導師アブ・バカル・バアシルで、ジェマァ・イスラミア(JI)の指導者でもある。バアシルはバリ爆破事件とマリオットホテル爆破事件の実行を部下に指示した容疑で裁判にかけられている。
 MMI議長イルファン・アワスは先週、たくさんのMMIメンバーをジャカルタに送った。イルファン議長は、災害被災者に霊的指針を与えるためにアチェ行きの飛行機に乗る、と言っていた。
 MMIは最近、インドネシア全土8県53地域で多数の支部を設立したと発表した。(Laksamana.Net, 05/01/10)
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by NINDJA | 2005-01-10 12:00 | GAM情報