2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


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 政治・法・治安担当調整相アチェ・デスク代表は25日、現在も第2期非常事態(民事戒厳令)が依然として継続中であることを明らかにした。自由アチェ運動(GAM)からの脅威から治安を守るだけでなく、津波災害回復のためにも、非常事態が適当だという。政府は、津波発生から1月18日まで、101人のGAMメンバーを殺害、69人を逮捕、160人を投降させたとし、第2期非常事態が効果的だったとしている。(TEMPO Interaktif, 05/01/25)
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by NINDJA | 2005-01-25 12:00 | 軍事作戦・人権侵害
 アチェ被災者のための海外援助米、数万tが、ブラワン港(北スマトラ州メダン)、タンジュン・プリオク港(ジャカルタ)、タンジュン・エマス港(中ジャワ州スマラン)の検疫で止められている。世界食糧計画(WFP)の人道支援米は、商業相からの特別許可を受けなくてはならないと考えられている。
 これは、国内の農産物を保護するため、2005年7月30日までコメの輸入を禁止するという、2004年12月28日に出された20004年商業相通達第71号によるものである。(Republika, 05/01/25)
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by NINDJA | 2005-01-25 12:00 | 援助の問題
 津波に襲われたインドネシアに派遣された日本軍の司令官は24日、約1000人の兵士が救援活動のため、どのくらいの期間、インドネシアにとどまるかわからないと述べた。ムラモトトカシ大佐はバンダ・アチェの軍用飛行場に到着後「活動をはじめないと、どのくらいの期間とどまることになるかわからない」と語っている。今回の派遣は、日本軍による海外での救援活動では最大規模である。
 日本軍は、アチェ州のどこに拠点をおくか決定していない。ムラモトによると、日本軍の任務は、衛生施設への支援、伝染病の予防、寸断された領域へのヘリコプター輸送だという。「われわれは、世界平和のために活動している」
 これまで救援を主要に支援し、援助物資配給のため日に数十ものヘリコプターを飛ばした米軍は、すでにインドネシアからの撤退を開始すると表明している。インドネシア政府は、3月末までに外国軍が撤退することを望んでいる。
 日本軍が長く待機しすぎたかどうかについて、ムラモトはコメントを避けた。「それは政治の問題だ。われわれは、政府の決定に従うだけだ」(AP, 05/01/24)
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by NINDJA | 2005-01-24 12:00 | 外国軍・援助機関の活動
 インドネシア政府は今月末に予定されている自由アチェ運動(GAM)との対話について明らかにしたが、これはおそらく、30年近くにおよぶアチェ紛争を終結させる大きな一歩となるだろう。その背景には、紛争解決に関するユドヨノ大統領の公約、対GAM大規模軍事作戦の失敗や財政難もあるが、アチェ民衆の辛苦について国内外の人びとが理解するようになり、解決を支持する気運が高まっているからである。
 しかし、アチェの将来の地位やその実現方法については、さまざまな意見があり、これは以下のような5つの選択肢に要約できる。

1) GAM兵士は政府の恩赦を受けて武装解除し、アチェはインドネシア国家内に留まる
→これは最初の政府提案だが、GAMにとってほとんど降伏にほかならず拒否した。

2) 独立あるいは独立に関する住民投票の実施
→こうしたGAMの要求を政府は拒絶した。

3) 国軍による対GAM軍事掃討
→国軍はGAMを殲滅できず、かえって民衆の離反など逆効果を招いたことが明らかになった。

4) 即座の停戦とすべての未解決問題の同時決着
→ユスフ・カラ副大統領が表明したものだが、政府およびGAM間の溝は深く信頼も希薄なので迅速な解決は困難である。

5) 停戦をおこない、関心と資源をすべて復興努力に傾注
→関係の「正常化」や信頼の意識が醸成され、アチェの長期的将来について意味のある対話が可能となる。

 紛争の再発を防ぐには、GAMやアチェ市民社会の主張の大半に取り組むだけでなく、国家の領土保全というインドネシア人の最重要関心事項にも折り合う必要がある。
 これまで政府が付与してきた特別自治を真の自治とするためには、アチェが外交、国防、課税を除くあらゆる事柄についてみずから統治し、GAMを含む地域政党が存在し、独自の法律を定める必要がある。もっとも重要なのは、アチェ内の武装組織を解体することで、これにはGAMだけが該当するのではなく、国軍も撤退しなければならない。法と秩序の執行は警察に委ねられ、地方選挙で成立した自治政府の下で独自に制定された法律にしたがう。
 このような自治モデルによって、アチェ人の自決への熱望は実質的に満たされると同時に、インドネシアの領土保全は確保される。アチェの平和を永続的なものとするのは可能だが、インドネシア政府およびGAMの双方に真の政治的妥協がなければ達成できない。(Jakarta Post, 05/01/24)
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by NINDJA | 2005-01-24 12:00 | 和平への動き
 アチェの津波災害による避難民たちは、再び、官僚主義の複雑さによる食糧援助の分配の不均衡に不満を訴えた。彼らは、援助の分配の管理に不均衡があると感じている。「10日間で、コメ約3kgとインスタントラーメンを3袋得ただけだ」と大アチェ県マタ・ジェ地域の避難民は24日、語っている。
 緊急の食糧援助であるにもかかわらず、それらを得るために、避難民たちはまず最初に、調整役を要請するために村役場を訪れなければならないという。さらに、避難民は、調整がとられていないため、配給に不均衡が生じていると述べる。 そのため避難民は、政府に対し、援助の管理を改善するため、避難民キャンプごとに調整役としてボランティア・スタッフを活用するよう要請した。
 また、アチェ・ジャヤ県でも郡への輸送ルートが断絶されているため、食糧援助が限られている。県知事によれば、現在アチェ・ジャヤではとくにコメと医薬品が避難民たちにとって急を要するという。(Kompas, 05/01/24)
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by NINDJA | 2005-01-24 12:00 | 援助の問題
 停戦および和平に向けた対話(交渉)にあたっては、インドネシア政府および自由アチェ運動(GAM)双方が、軍事戒厳令および非常事態に拘束された政治犯全員を解放しなければならない。これは両者間の信頼を醸成するうえで重要である。過去に生じたような交渉の行き詰まりを繰り返さないためには、両者が次の重要事項3点について合意しなければならない。

1) 国連による仲介
この場合、過去の合意(「敵対行為停止の合意(CoHA)」)にみられた欠点を克服するため、国連は合意に違反した側に制裁を加える権限を有する。

2) 停戦・復興への重点
和平交渉に政治的論点(特別自治あるいは独立というアチェの地位に関する選択肢)はもち込まず、国連の監視下における無期限の停戦および復興に集中する。

3) あらゆる層の参加
アチェに存在するあらゆる政治勢力を交渉/対話における重要な関係者として関与させる。具体的には、研究者、イスラーム聖職者、政治活動家、学生、その他のよく知られているアチェ人などの文民層である。アチェ紛争の各局面ではつねに、交戦当事者が文民を戦闘員として扱ってきたので、交渉/対話における文民の参加は非常に重要である。

 以上の3点についてすべての関係者が合意すれば、アチェ発展のための特別な公的機関は不必要となり、その権限は4関係者(インドネシア政府、GAM、交渉に関与している文民、国連に代表される国際社会)によって代表されるアチェ民衆へと委譲されなければならない。(FPDRA, 05/01/24)
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by NINDJA | 2005-01-24 12:00 | 和平への動き
○05年1月18日10時~11時
 インドネシア国軍部隊がナガン・ラヤ県東スナガン郡キラ村トゥウィ・グチ地区のGAM軍司令部を包囲。GAM軍は戦闘を避けたが、国軍がGAM軍に向け発砲したため、防衛のためやむを得ず反撃。戦闘は1時間続く。その結果、GAM軍兵士2名が軽傷。国軍は撤退。インドネシア赤十字社の報告によれば、その戦闘で国軍兵士数名が死亡、重傷。

○05日1月19日
 北アチェ県ムアラ・ドゥア郡パル・プンティ村住民のアズハリ・ビン・ラフマン(25歳)が拘束後、同郡ブラン・プロ村へ連行され、エクソン・モービル詰所の第125歩兵大隊の兵士に拷問を受け死亡。被害者がなぜ拘束され、死亡するまでの拷問を受けたかの理由は不明。

○05年1月20日
 北アチェ県シャムタリラ・バユ郡ブラン・マニャル村のGAM軍メンバー、ナディ・ビン・ユスフ(26歳)、国軍に拘束される。被害者は武器(証拠品)を所持せず。現在まで消息不明。

○05年1月21日
 1月18日に戦闘が起きて以来、数百人の国軍兵士が大規模に軍事作戦をナガン・ラヤ県東キラ・スナガン村トゥウィ地区で実施。1月24日の時点でまだ数百人の国軍兵士が同地区で軍事作戦を実施中。

○05年1月22日10時
 東アチェ県ダルル・アマン郡ムナサ・クタパン村で国軍部隊がアチェ国軍部を攻撃。被害者はなし。

○05年1月22日9時
 警察機動隊(トラック2台)、メル、マンガ村で軍事作戦。四方八方に発砲し、地域住民をおびえさせる。ムル、マンガ村の住民ジャファル・ビン・スライマン(25歳)、スブハン(23歳)、推定300万ルピアの損失。

○05年1月22日5時
 国軍・国家警察合同部隊、西アチェ県インドゥラプリ郡ラム・グンパン村で軍事作戦を実施。四方八方に発砲。その結果、住民が恐怖を感じトラウマに。

○05年1月22日10時
 東アチェ県ヌルサラム郡バゴック・スティヤ村住民、ジャファルディン・ビン・ヤフヤ(28歳、農業)、陸軍戦略予備軍第330部隊に腫れ上がるまで殴られる。

○05年1月22日18時30分
 東アチェ県ヌルサラム郡アイム3村に国軍第900襲撃部隊7グループが増員され、同地域で軍事作戦を実施していたほかの襲撃部隊と合流。

○05年1月22日17時
 国軍・国家警察合同部隊、大アチェ県クタ・チョッ・グリ郡シル・ブラン村で軍事作戦を実施。シル・ブラン村住民のファウジ・ビン・ハサン(40歳)が虐待を受ける。

○05年1月23日8時
 アル村住民のハムダニ・ビン・ハシム(22歳)は、GAMとなんら関係のないにもかかわらず、国軍第133歩兵大隊部隊に同村で発砲を受け死亡した。その後、国軍はGAMの旗と無線機1台を被害者の遺体に置き、被害者がGAMメンバーだったと述べた。

○05年1月23日夜
 北アチェ県マタン・クリ郡タンジュン・スリクイ村住民のイブラヒム・ビン・ウスマン(18歳)が北アチェ県アル村エクソン・モービル詰所の国軍部隊の発砲を受け死亡した。

○05年1月23日5時
 北アチェ県サムドゥラ郡マダン村住民(推定24歳、身元不明)が国軍兵士の発砲を受け死亡。遺体は、北アチェ県マタン・クリ郡トゥピン・クブ村に棄てられる。

○05年1月23日朝
 国軍部隊、北アチェ県ロスコン郡ムナサ・ランブ村で軍事作戦を実施。GAM軍兵士のアブドゥルラ・ビン・ジャミル(27歳)が無抵抗のまま拘束される。武器 (証拠品)は所持せず。現在まで消息不明。北アチェ県ジャンブ郡チョッ・バダ村住民のルスラン・ビン・カセム(22歳)拘束されたのち、北アチェ県ロスコン郡チョット・ブリン村に連行され、銃殺される。北アチェ県ロスコン郡ムナサ・ブラン村住民のスライマン・ビン・ムサ(30歳)、拘束される。現在まで消息不明。

○05年1月23日20時
 国軍部隊数百人がビルン県のプサンガン郡、マクムル郡で大規模な軍事作戦を展開。情報によれば、国軍はGAMの捜索のため、その2郡の境界地域で5日の軍事作戦を大規模に展開するという。同地域の状況は緊迫しており、住民は外出できないでいる。

○05年1月23日12時
 東アチェ県ブルラック郡ウトゥ・ダマ村詰め所の国軍第200襲撃部隊が同郡パヤ・ガジャ村で軍事作戦を実施。その結果、同村の住民がGAMを保護しているとの容疑をかけられ、殴打、脅迫を受ける。

○05年1月23日16時
 東アチェ県イディ・ラユッ郡ブケット・パラ・イディ村住民のシャイフディン・ビン・ラザリ(25歳、乗り合いバイク運転手)がGAMのスパイであると容疑をかけられ、警察機動隊に拘束される・現在まで消息不明。

○05年1月23日18時20分
 国軍部隊、東アチェ県イディ・トゥノン郡ジャンブ・プテック村でGAM軍部隊を攻撃。被害者はなし。

○05年1月23日21時
 国軍、東アチェ県スルバ・ジャディ郡ミリディ村でAGAM軍部隊を攻撃。被害状況の報告はまだない。

○05年1月24日
 国軍合同部隊(第500襲撃部隊、第900襲撃部隊、第200襲撃部隊、陸軍戦略予備軍第330部隊、陸軍戦略予備軍第312部隊)は東アチェ県プルラック地域のGAM軍防衛キャンプの捜索のため、大規模な軍事作戦を展開中。(ASNLF, 05/01/24)
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by NINDJA | 2005-01-24 12:00 | GAM情報
 アチェ軍管区司令官エンダン・スワルヤは24日、外国軍や民間ボランティアがアチェにおける救援活動において、しばしば「言うことを聞かない」ことに対し不満を表明した。「多くの外国のチームが支援作戦において言うことを聞かず、すでに決めてある調整に従わない」
 そうした傾向に関し同司令官は、救援活動の治安責任者として、活動をおこなっている外国側が定められた規則に従うようつねに調整を強化していると述べた。「彼らは、ホスト国の規則に従うべきだ。彼らは、アチェ災害対策国軍特別編成チーム代表のバンバン・ダルモノ少将が決めたことに従わなければならない」
 また同司令官は、インドネシア国軍が海外で国連平和維持活動(PKO)に従事する場合は、そのホスト国の規則に従っていると付け加えた。(Media Indonesia, 05/01/24)
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by NINDJA | 2005-01-24 00:01 | 外国軍・援助機関の規制
○05年1月19日10時45分
 東アチェ県プルラック郡スンゴ・ラヤ、アルー・イタムで、マリアニ・ビンティ・ハサン(19歳、女性)とアブドゥラ・ビン・ハミド(45歳、農民)が、インドネシア国軍R-200大隊に激しく殴打され、危篤状態である。

○05年1月19日0時0分
 東アチェ県プルラック、パヤ・ガジャで、M・ヌル・ビン・ムイド(32歳、商人)がバタム島への出張から戻ったところを国軍R-200部隊に射殺された。同部隊第3班隊長トリスラ・カンパニーは、家族の目前で処刑された犠牲者から1250万ルピア奪った。
 東アチェ県プルラック郡ロッ・パヤで、M・ナシール・ビン・サレー(35歳、商人、バタム島住人)はラジャ・ムリゴ基地の国軍R-500大隊に殴られ、850万ルピア奪われた。チュッ・アマット・ビン・ジャファー(65歳、農民)、彼の息子 3人―ザカリア(22歳、オートバイ運転手)、ユスフ(26歳、農民)、ジャラニ(40歳、農民)―、ラフマン(50歳、農民)がむごたらしく殺された。

○05年1月20日9時0分
 東アチェ県西プルラック郡カブで、ムスリアディ・ビン・サイド(28歳、農民)、アミンルディン・ビン・サレム(20歳、商人)が、西プルラック郡ブキット・バテェの陸軍特殊部隊に殴打され、危篤状態である。同部隊は、別の村のイブラヒム・ビン・カサ(45歳、農民)の家も荒らした。

○05年1月20日7時15分
 東アチェ県プルラック郡マタン・グルゥで、GAMランボン・パヨン地区司令官トゥンク・ハシム(55歳)が、国軍部隊との銃撃戦で射殺された。数人の漁師が殴打された。アブドゥラ・ビン・ルスリ、ムスタパ・ビン・ルスリ、アブドゥル・ガニ・ビン・フシン、アムリ・ビン・ダラン。ルスリ・ビン・アブ・バカル(漁師)とトゥンク・イドリス・ビン・ムハマット(教師)は拘禁された。

○05年1月20日14時15分
 ラント・スラマット郡アル・ラヤで、ジャラルディン(29歳、漁師)はラントウ・スラマットのチョッ・ギレッ駐屯所の海兵隊員に殴られ、危篤状態である。

○05年1月20日10時0分
 ヌルサラムで、村人が国軍から、余剰米をもっているのがばれたら射殺されると脅かされた。ジュナイディ・ビン・イドリス(17歳、学生)はGAMのスパイだと容疑をかけられ、兵士に殴られ、危篤状態に陥っている。

○05年1月20日16時45分
 東アチェ県西プルラック郡パヤー・ブルノッで、アブドゥラ・ビン・ムハンマド・ナシル(23歳、津波災害被災者)は両親の元に帰ろうとしているところを、西プルラック郡バロにあるスマタン詰所の海兵隊員に捕まった。アブドゥラは、山から下りてきたGAMメンバーだと疑われた。

○05年1月20日10時00分
 ダルル・アマン郡ムナサ・クタパンで、GAMと国軍のあいだで銃撃戦が交わされる。GAMメンバーは無傷で脱出した。(ASNLF, 05/01/24)
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by NINDJA | 2005-01-24 00:00 | GAM情報
 バンダ・アチェのアチェ災害・避難民対策本部によると、24日の時点における行方不明者の数は13万2172人に達したという。また遺体の収容作業は続いており、ンドネシア国軍とボランティアは、23日に遺体1408体を収容した。そのうち、1350体がバンダ・アチェ市と大アチェ県、残りの58体がアチェの西海岸で発見されたものである。すでに収容された遺体の合計は9万5992体で、毎日平均1100体の遺体が収容されている。
 24日は、バンダ・アチェ市のプナヨン魚市場など、ボランティアがまだ入ったことのない地域を重点的に遺体の収容作業がおこなわれた。また別の情報によれば、大アチェ県と接しているバンダ・アチェ市の周辺地域では、ボランティアがまだ収容していない遺体を頻繁に発見しているという。
 また被害がもっとも深刻だと考えられているルプン・アチェ・ジャヤ、チャラン、ムラボーへの陸路はまだ遮断されている。(Media Indonesia, 05/01/24)
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by NINDJA | 2005-01-24 00:00 | 被災状況