2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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 国軍広報官エディ・スリスティアディは5日、北アチェ県シンパン・ジャンビで4日、自由アチェ運動(GAM)のゲリラ10人が、村人をエスコート中の国軍兵士を急襲、約30分の銃撃戦の末、7歳の男の子が被弾して死亡、国軍兵士3人と村人9人が負傷したことを明らかにした。村人のうち2人は重傷だという。
 広報官は、GAMからの強奪を恐れる村人が、いちばに行く際、国軍の護衛を頼むことが多いと説明している。(Jakarta Post, 05/05/05)
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by NINDJA | 2005-05-05 12:00 | 軍事作戦・人権侵害
○マタン・スリメン集落訪問
 4月27日の活動報告で流しましたが、サムドゥラ郡クタ・クルン村マタン・スリメン集落は、タナ・パシール郡西クアラ・クルト村と並んで、ハンセン病患者が「隔離」されてきた集落です。
 元の集落は、海から約100m程度で、津波ですべて流されました。しかしクタ・クルン村の住民と同じキャンプでも、仮設住宅(サムドゥラ郡ブリンギン村)でも、受入れを拒否され、いまはサムドゥラ・パセー王国の女王ナリシャのお墓の前にある観光局所有の小屋で、 84人が避難生活を送っています。ここにはサウォッ・サベェ 14、サウォッ・シラン8、ジャラ5、漁網3の支援をおこないました。
c0035102_331329.jpg 上記報告で流したように、男性たちは小屋の前に建てたテントで寝泊りしており、雨が降るとびしょぬれになってしまうというので、屋根を支援することになりました。今日は、屋根の骨格をつくるための竹と、屋根を葺くためのルンビアの葉がどのくらい必要かを確認しに行ったのです。
 すでに半年ほどつづく西風の季節に入っており、サウォッでおこなうエビ漁(プカット・ソロン)のシーズンは終わってしまいました。いまもエビ漁をおこなっているようですが、1日6000ルピア程度の収入にしかなりません。まったく収入がないよりはマシですが、なにか季節に左右されない生業の支援をおこないたいところです。
 ただ人びとに聞くと、もともとエビ漁以外の生業はなかったとのこと。では、どうやって暮らしていたのかといえば、津波前には、社会省から、重度のハンセン病患者に対して、1人あたり月にコメ30kg、砂糖5kg、食用油5kg、塩干魚、緑豆などの支援があったらしいのです。津波後、この支援が途絶えてしまい、人びとはかなり困難な状況に追い込まれています。しかし、人びとは、自分たちがどこでも受け入れられないこと、支援を受けられないこと、すべてを諦めています。
 人びとと話をしていると、糖尿病にかかったというおじいさんが、「薬代1万5000ルピア支援してほしい」と言ってきました。支援したいけれども、1人だけに支援するわけにもいかないと考え、人びとが「クチッ(アチェ語で村長)」と呼ぶ集落長に50万ルピアを預け、同様の必要性があるときに渡してもらうよう頼みました。
 しかし集落長は慎重でした。何が問題が起きたら困るというのです。集落長や人びとと話し合い、集落長に、無償で治療を受けられるJPSという書類を全員分取得してもらうことにし、50万ルピアをJPS取得にかかる交通費などの経費にあててもらうことになりました。JPSというものがあること自体、わたしは知らなかったので、人びとと話し合うことで、よりよい方法を見つけられるんだと再確認させられました。

○西ランチャン村訪問
 マタン・スリメン集落のあとは、西ランチャン村の水道を確認しに行きました。昼間でしたが、子どもたちがマンディ(水浴び)し、女性たちが洗濯をしています。
c0035102_334440.jpg 6万円程度の経費で川から引いた水道のため、けっしてきれいな水とはいえないのですが(日本人のほとんどは、あの水で洗顔や歯磨きするのを躊躇するだろうなぁ)、いままで塩水しか出ず、子どもたちが学校に行く前にマンディできないという状況よりはずっとマシになっています。子どもたちは、何度も何度も、コンクリ槽から水を汲んで、ざぶざぶ浴びています。いまは4回も5回もマンディしているとか。
 コンクリ槽がつくられた2カ所を確認し、工事が無事終了したことを確認したあと、村の女性たちと高床式のあずまやで休憩です。ヤシの実をもらって、のどの渇きをいやし、30分ほどおしゃべり。
 わたしたちが村を離れるとき、飲料水を運んだトラックが来て、あずまやの近く、村のもっとも奥に停まりました。女性も子どもも、とにかく一家総出で、急いで家に走ります。遠い人は500mくらい走らなくてはなりません。家にあるバケツ、ポリタンク、ありとあらゆる容器をもって、トラックまで引き返します。たいへんだろうと思いますが、それでも水が取りに行く人びとの顔は、うれしそうなのでした。
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by NINDJA | 2005-05-05 01:01 | NINDJAの救援活動
 シャムシル・シレガル国家情報庁(BIN)長官は、アチェで活動する外国NGOが、人道支援目的だけでなく、ほかの使命を帯びている兆候があると疑念を示した。外国NGOの「イレギュラー」な活動は、アチェの復興を妨害する危険性があるという。「いくつかのNGOに対して、説明を求めなくてはならない。人道支援以外の活動をおこなっているNGOが1、2あるようだ」
 これまでに、すでに380の外国NGOが津波被災者支援のために登録をしているが、そのうち200団体が、緊急救援活動を終えるか、政府の要請に沿うことができずに、アチェを離れている。現在、政府は、アチェで活動を継続できる外国NGOの再登録を進めている。それは、国連か援助国と協力しているNGOに限られる。(Jakarta Post, 05/05/04)
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by NINDJA | 2005-05-04 12:00 | 外国軍・援助機関の規制
 インドネシア政府と自由アチェ運動(GAM)は24日にフィンランド・ヘルシンキでアチェ州の和平合意を達成しるため、再協議をおこなう予定である。インドネシア情報・通信相ソフヤン・ジャリルによれば、GAMからインドネシア政府に対して文書で伝えられた要求について協議し、GAMからは水産漁業や貿易、活動の自由など問題について要求が出されてが、インドネシア憲法ですでに規定されているため、インドネシア政府にとって問題はないという。同相は7月から8月までに政府とGAMの間の合意を得たいと述べた。(Media Indonesia, 05/05/04)
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by NINDJA | 2005-05-04 12:00 | 和平への動き
○西バクティア郡で漁具供与

 3月26日の活動報告で流しましたが、誇張でなく、まったく支援の届いていない西バクティア郡3カ村(ロッ・インチン、ハグ、ブランデ・パヤ村)への漁具買い付け、供与をおこないました。
 これまで漁具の買い付けは、ロスマウェかサムドゥラ郡グドンでおこなっていましたが、タナ・ジャンボ・アイェ郡の町パントン・ラブで買い付けすることになりました。事前に、友人が値段をチェックしに行ったとき、買い付けをおこなうことを伝えてあったのですが、合計約45万円という買い付けに、店主夫婦はパニックです。
 実際、買い付けはかなりたいへんな作業です。西バクティア郡3カ村から支援要請のあったのは、
・ブベェ(写真は3月26日の報告を参照):養殖池に仕掛けてカニをとる、1世帯15個を供与
・ジャラ(写真は3月9日の報告を参照):海や養殖池での投網
c0035102_2125865.jpg・アンベ(写真):川に仕掛けて魚をとる
の3種類です。それぞれの村ごとに、支援対象の世帯数が違うので、材料となる網、糸、重石、ナイロン紐などの量も異なってきます。
 村の人びとから、たとえばブベェであれば、ひとつ製作するために、どの種類の網を何kg必要か、縫い糸はどの番号で何束必要か、といったことを聞き、計算します。それを店主に伝え、秤で量ってもらいます。この秤が、分銅で量るレトロなもので、網を70kgほど載せると、目盛りが見えなくなってしまうわ、100kg以上は量れないわ、かなり厄介です。
 店主の妻が伝票を書くのですが、「パニックだわ~!」「訳わからない~!」と悲鳴をあげています。ふだん、どんなに多くても3万円程度の買い物をする人しかいないようで、たしかにたいへんそう。午前からはじまった買い付けは、けっきょく昼食抜きで、夕方までかかってしまいました。しかも最後に、店主の妻とわたしとで会計を締めようとしたら、約7万円の誤差。わたしが黙っていれば、お店は多大な損をするところだったので、ひどく感謝されてしまいました。
 その後、お店で車を準備してくれ、村に向かいました。わたしは、村の人たちや運転手の手伝いをしている若者たちと荷台に乗り、途中、いろいろおしゃべりです。「アチェは豊かなのに、ぜんぶジャカルタに吸い上げられる」「紛争のせいで、仕事もできない」などなど、どこでもされる会話がつづきます。
 「アチェに来て、怖くないか?」と聞かれたので、「ぜんぜん」と答えたら、一人の村の人が「怖いわけがないよね。『魔法の手紙』があるもんね」。3月26日の報告にも書きましたが、前回、西バクティア郡を訪れたとき、海兵隊兵士に「何をしているんだ?」と聞かれ、わたしが北アチェ県からの手紙を出して、兵士を黙らせたことを覚えていたようです。そのとき集まっていた村の人たちが「魔法の手紙だね」と言っていたのですが、きっと、よほどうれしかったのでしょう。
 途中、海兵隊に呼び止められ、「なにを運ぶんだ?」「どこへ行くんだ?」と言われましたが、ここでも「魔法の手紙」が効力を発揮し、無事に村まで物資を届けることができました。
 ちなみに村は、北スマトラ州のメダンとバンダ・アチェを結ぶ幹線道路から、かなり奥に入ったところにあります。幹線道路上にあるサンポイニットという郡役場所在地まで送ってもらい、マグリブ(イスラーム4回目の礼拝、夕方6時半ごろ)にパンターという乗合バスに乗ることができましたが、ロスマウェに着いたのは20時でした。村から計算すると、片道2時間半くらいの道のりです。

ロッ・インチン村
・ブベェ(10世帯×15個):材料費164万3750ルピア、製作費180万ルピア
・ジャラ(20世帯):材料費683万3000ルピア、製作費150万ルピア
・アンベ(11世帯):材料費506万5300ルピア、製作費55万ルピア
ハグ村
・ブベェ(12世帯×15個):材料費148万4000ルピア、製作費216万ルピア
・ジャラ(21世帯):材料費715万1600ルピア、製作費157万5000ルピア
・アンベ(10世帯):材料費459万5600ルピア、製作費50万ルピア
ブランデ・パヤ村
・ブベェ(9世帯×15個):材料費197万2500ルピア、製作費162万ルピア
・ジャラ(25世帯):材料費851万6500ルピア、製作費187万5000ルピア
・アンベ(11世帯):材料費505万7000ルピア、製作費55万ルピア
※ただし製作費は4分の1のみ前払い
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by NINDJA | 2005-05-04 02:11 | NINDJAの救援活動

●政府、外国NGOに警告

 インドネシア政府は、アチェで活動を継続することを望んでいる外国NGOに対し、国内問題に干渉しないよう警告した。政府は、昨年末の津波以降の外国NGOの影響で、分離主義者である自由アチェ運動(GAM)に対する国際的な支援が増すことを警戒している。
 政府は、アチェで活動を継続する援助機関・団体は、政府との覚書に調印しなくてはならないとしている。15日以内に、活動を許可される外国NGOのリストが発表される。(Asia News, 05/05/03)
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by NINDJA | 2005-05-03 12:00 | 外国軍・援助機関の規制
 アチェ・ニアス復興庁のクントロ・マンクスブロトは3日、もし津波に見舞われた地域での復興資金が流用されれば、支援国が支援を中止する意向であることをと明らかにした。復興庁は、いかなる汚職も、誰による汚職も認めることはできないと述べている。「厳しく監視をするつもりだ。汚職をおこなった連中は、厳刑に処せられる」(Media Indonesia, 05/05/03)
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by NINDJA | 2005-05-03 12:00 | 援助の問題
○スヌドン郡、塩づくり支援

 3月24日の活動報告でも流しましたが、スヌドン郡で塩づくりを再開した女性たちの支援として、必要な器具の供与をおこないました。支援をおこなったのは、トゥピン・クユン村45世帯(2709万7500ルピア)、マタン・ラダ村・東ウレェ・ルベック村あわせて 52世帯(3246万6000ルピア)の計97世帯です。
 スヌドン郡は、北アチェ県でもっとも東に位置し、ロスマウェの町から村まで約2時間かかります。スヌドン郡だけではありませんが、ロスマウェや幹線道路から遠い村ほど、支援の手が届きづらくなっています。
c0035102_21354196.jpg まずトゥピン・クユン村では、津波前から、女性たちがグループをつくっていました。ただ、あまり機能しないまま、津波が起きてしまい、今回の支援をきっかけに、再度グループづくりもおこないました。代表、書記、会計が選ばれ、メンバーが週2000ルピアの会費を払うことが決まりました。毎週2000ルピアは、けっこう厳しいのではないかと思うのですが、女性たちがそう決定したのです。
 その後、友人が、グループの意味を話しました。わたしたちが支援したのは、塩づくりに必要な器具だけですが、集めた会費で、塩水を煮るためのジャンボ(小屋)を建てるなど、グループのニーズを満たしていけるという説明に、女性たちもうなづいています。昨日(4月30日)のプソン・バル村での「トラウマ」も、こうやって自分たちの手で復興していこうという女性たちに会うと、癒されるような気がします。
c0035102_21362257.jpg グループの代表から一人ひとりに器具が手渡され、無事、トゥピン・クユン村での支援はほぼ終了です。
 つぎに東ウレェ・ルベック村に向かいました。ここではマタン・ラダ村からの4世帯も塩づくりをおこなっています。3月にその話を聞いたときは、村同士で衝突が起きないかしら、とも思ったのですが、津波以前からそのようにして問題がなかったそうです。
c0035102_2137827.jpg ただ、トゥピン・クユン村とは違って、グループがあったわけではなく、そのまま器具を供与しました。みなで運ばれた器具を、一人ひとりのセットに組んだり、おじいさん、おばあさん、おじさん、おばさん、子どもたち総出で、それぞれのジャンボまで運んだりしているのをみて、ほっと一安心です。
 ちなみにスヌドン郡の塩は竹で数えて売られています。わたしも竹2筒分購入しました。ニンジャ周辺の講演会などで販売していますので、見かけたら、ぜひお声をかけてくださいね。
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by NINDJA | 2005-05-01 23:33 | NINDJAの救援活動

●外国NGO、MoU調印義務

 アルウィ・シハブ国民福祉担当調整相は1日、アチェで復興に関わる外国NGOが調印しなくてはならない覚書(MoU)について、2日に公表されることを明らかにした。政府は、覚書のため、外国NGOからの情報を得ているところである。復興に関わる外国NGOの発表には、さらに 2週間ほどを要する。
 覚書の内容は、外国NGOが国内問題に介入してはならない、分離主義者や特定イデオロギーのために活動してはならない、真に復興・修復のために働かねばならないといった内容であるという。(TEMPO Interaktif, 05/05/01)
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by NINDJA | 2005-05-01 12:00 | 外国軍・援助機関の規制