2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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 ソフヤン・ジャリル通信・情報相は29日、自由アチェ運動(GAM)メンバーのための再統合資金60億ルピアをすでに拠出したことを明らかにした。しかし、 GAMはメンバー3000人のリストを政府にまだ引き渡していないという。各GAMメンバーは6カ月のあいだ、毎月100万ルピアを受け取る予定である。
 その資金を受け取るGAMメンバーは、以前にジャワなどの刑務所に収容されていたり、あるいは投降してきたりした者たちであるという。(TEMPO Interaktif, 05/11/29)
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by NINDJA | 2005-11-29 12:00 | 和平への動き
 アチェ・ニアス復興庁(BRR)は、津波によって重金属汚染された5県の修復をおこなう予定である。インドネシア環境フォーラム(WALHI)は、これら5県が津波によって重金属汚染されてることを報告していた。BRRは今後、環境影響評価(AMDAL)をおこなう予定である。(TEMPO Interaktif, 05/11/27)
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by NINDJA | 2005-11-27 12:00 | 被災状況
 ジョヨ・ウィノト国土庁長官は23日、政府が今年中にアチェで津波災害にあった住民の5万の土地権利書を発行し、2009年までには60万発行する意向を明らかにした。津波被害により、アチェの土地権利書は全体の約20%しか残っていない。土地権利書原本の修復と保存は、日本からの援助でおこなわれている。
 ジョヨ国土長官は、アチェ住民の土地所有権を回復するため、土地所有者がいる場合は直接当事者に、所有者がいない場合は相続者に、所有者も相続者もいない場合はイスラーム関係の信託機関に土地権利書を付与するという枠組みを示した。
 土地の境界線決定は、残存データと回復データ、および関連する住民の了解のうえ決定するという。(TEMPO Intearktif, 05/11/24)
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by NINDJA | 2005-11-24 12:00 | 被災状況
 ユドヨノ大統領は、インドネシア政府と自由アチェ運動(GAM)の合意事項実施に関する2005年大統領令第15号を発布した。大統領令のなかで大統領は、国軍司令官に対し、GAMに関与したすべて人びとに差別なく、国軍兵士の採用基準に応じてアチェにおける地域部隊への就業機会を与えるよう指示している。また大統領は国家警察長官に対し、アチェの地域警察への元GAMメンバーの受け入れと、恩赦を受けたGAMメンバーの安全に関する方針と計画を準備するよう指示している。この大統領令は11月15日、署名された。
 いっぽうGAMは22日、中アチェ県タゲゴンにおいて57丁の武器の引渡しをおこない、これにより和平合意にもとづく武器引渡しの第3段階が終了した。(TEMPO Interaktif, 05/11/22)
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by NINDJA | 2005-11-22 12:00 | 和平への動き
 政府は21日、アチェからさらに4328人の国軍を撤退させた。19日からはじまった今回の撤退は和平プロセスの4段階のうちの3段階目にあたり、国軍は25日までに5696人の兵士を撤退させる。これにより、9月からはじまった国軍兵士の撤退は累計約1万8000人におよぶ。
 GAMの武器引渡しが合意した数に達していないことをうけて、エリー・スティコ陸軍大佐は、「われわれは合意したとおりに国軍を撤退させる。武装解除についてはアチェ監視使節団(AMM)に任せる。」と語った。
 和平合意により、GAMは840丁の武器引渡しを、国軍は兵士3万人を1万4700人に、警察は1万5000人を9100人に減らすことになっている。(Jakarta Post, 05/11/21)
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by NINDJA | 2005-11-21 12:00 | 和平への動き
○レバラン手当てを配る
 断食月も終わりに近づいた11月1日、ロスマウェの事務所で、わたしたちの活動の責任者になってくれている津波被災村の人びとに、レバラン(断食月明けの大祭)手当ての配給をおこなったそうです。ムスリムの人びとにとって、レバランはもっともうれしい日です。
c0035102_081057.jpg 配ったのは、砂糖、シロップ、レバラン祈祷のときにつかう腰巻。シロップは高めの、人びとが買うことができないものを準備したとか。友人いわく、人びとはレバラン手当てをもらったことがなく、遠くの村からもロスマウェまで来てくれたそうです。
 ランチャン・バラット村のおじさんは、「レバラン手当てをくれた人びとが長生きして、たくさんの祝福がありますように」と言ってくれたとか。つまりカンパしてくださった日本のみなさまのことですね。
c0035102_082157.jpg ところで、夏以来、ロスマウェの事務所とはSKYPEで頻繁に連絡をとることができるようになりました。「アチェがなつかしい。前に送ってもらったマタン・スリメン集落の写真をみて、思わず涙してしまった」と言ったところ、最近、頻繁に写真を送ってくれます。写真は、北アチェ県パントン・ラブからスヌドン郡に向かう自由アチェ運動(GAM)メンバーの行進だそうです(2005年9月14日)。和平合意以前では考えられない光景です。

○ロスマウェからの最新活動報告
<ロッ・ウンチン村>
 5×5mの井戸はほぼ完成しました。残りは屋根と囲いを残すのみです。ムナサ(村の祈祷所、集会所)とトゥンク・ダウド(ロッ・ウンチン村のイスラーム指導者)の家の前の水槽はセメント塗りが終わっていません。セメントがなくなってしまい、本日(11月14日)、20袋追加注文しました。今週中にはすべて完了するはずです。水量は豊かで、10t以上あると思います。
<マタン・スリメン集落>
 水道はすでに使用できるようになっています。住民によれば、非常に助かっているとのことです。いまは川まで水浴や洗濯に行く必要がなくなりました。
<西バクティア郡>
 ムナサ・ハグ村への漁具の追加支援を11月11日におこないました。ただ、まだ住民には配られていません。今週中に、80%ほど完成しているブランデ・パヤ村、ブラン・ル村へのブベェ、アンベ、バンデン用漁網とともに配給することになります。
 ロッ・ウンチン村には、まだ海兵隊員が駐屯していますが、少し平和になりました。住民は海兵隊詰所に出頭せず、海に出られるようになっています。いままで海兵隊員が作戦のために住民にオートバイを出させていましたが、それもなくなりました。
 この地域のGAMメンバーも、和平合意覚書が調印されて以来、村に戻るようになっています。ただ海兵隊員と出くわしても、海兵隊員が先に挨拶しない限り、 GAMメンバーは挨拶したがりません。
 ほかの地域でも、GAMメンバーはみな村に戻っています。みな農業や商売など、再び熱心に働くようになっています。もっとも怠け者のGAMメンバーは、夜警所でぼーっとしたり、友だちの家を訪れたりするだけですが。
 覚書調印後、景色に変化がありました。道路や市場で、しばしば長髪の男性を見かけるようになったのです。外見にいかにもGAMという特徴があって、住民はすぐわかります。(11月14日の報告)
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by NINDJA | 2005-11-19 00:09 | NINDJAの救援活動
c0035102_10534972.jpg 17日、「ハンセン病の村」と呼ばれる北アチェ県サムドゥラ郡マタン・スリメン集落で、国軍分郡支部が供与した津波被災者のための木材が、家を建てるのには適していないことが明らかになった。この木材は、オランダの財団TDHが地元のNGOを通じて供与したものだが、地元のNGOは関心を払っておらず、住民は困惑している。
 養殖池を隔てて海に面しているマタン・スリメン集落では、2004年12月26日の津波によって、26人が死亡(重度のハンセン病患者が多かった)、28世帯すべての家が流された。
 住民によれば、このNGOは当初1カ月で家に住めるようになると約束していたが、3カ月たっても完成しないという。これは供与された木材がすべて、家の上部の支え用だったためである。そのため17日の時点で、完成したのは2軒だけで、あとの27軒(津波後、結婚により1世帯増加)は30%程度しかできていない。別の住民(女性)によれば、1軒あたり70本ほどの木材が必要だが、どれも弱すぎてつかえないという。集落は海から100mと離れておらず、海からの風で屋根が飛んだり、木壁が崩れたりすることを、住民はおそれている。
 さらに、住民は、やはり国軍分郡支部が供与した鶏小屋用の木材もまた、鶏を食べる鼬(いたち)に食いちぎられる程度の強度しかないと述べている。
 住民はお互いに失望を表すしかできずにいる。ハンセン病患者だということで差別されてきた住民は支援に感謝し、心の底では葛藤している。けっきょく地元のNGOは、国軍ビジネスをスムーズにしてしまっているだけのようだ。(NINDJA, 05/11/17)
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by NINDJA | 2005-11-17 12:00 | 援助の問題
c0035102_11364236.jpg ロスマウェ市チュッ・ムティア病院には、いつも5人ほど長髪の若者がいる。彼らは上官の命令で、病院にスタンバイしている自由アチェ運動(GAM)メンバーだ。「交替で任務に就いている。たとえば救急車から降ろすのを手伝うとか、なにかできることがあるかもしれないから」
 長髪は注目の的だ。人びとは、彼らが武器を置き、山のゲリラ活動から戻ったばかりのGAMメンバーだとすぐわかる。
 ムアラ・バトゥ郡カンダン村出身の元メンバーは、アチェ監視使節団(AMM)が活動を開始して以来、病院に詰めている。GAMメンバーが治療を受けるときは、彼が助ける。「それぞれ分担があるんだ」
 ブラン・マンガット郡出身の元メンバーは、山から降り、村に戻ったときは奇妙な気がしたと語る。1998年からGAMに加わり、戒厳令中は、奥地の村々を目の隅に入れるだけだった。町に来るのは絶対不可能だった。「(山では)ハンモックで寝ていた。携帯電話のラジオを聴くのが精一杯。それだって、音が外に漏れないようイヤホンをつかったよ」
 村に戻り、多くの人びとに会って、別の世界に来たような気がしたという。山では右も左も森で、ときにはトラやヘビを見た。「明るいランプを見たときは驚いた。数週間して病院に詰めることになり、少しずつ慣れていったんだ」(NINDJA, 05/11/17)
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by NINDJA | 2005-11-17 12:00 | GAM情報

●アチェ政府法案完成

 アチェ州議会特別委員会のアズハリ・バシャー委員長は16日、同特別委員会がアチェ政府法案を完成させたと発表した。同法案では、自由アチェ運動(GAM)元メンバーもすべての条件を満たせば、独自の政党を設立し、来年の地方首長選挙に参加することが許されている。
 政府とGAMのあいだで結ばれた和平合意覚書(MoU)で、アチェ政府法は遅くとも 2006年3月31日までに施行されなければならないとされており、2006年4月に州知事、県知事、市長の選挙が実施される予定になっている。
 地方政党の設立について同法案では、政党のイデオロギーと目的はパンチャシラ(建国五原則)と45年憲法に沿うもので、その普遍的目標は民主主義の発展でなければならないとしている。選挙に参加する政党の資格は、アチェの県と郡の少なくとも50%に支部や事務所を持ち、独自の政党名、シンボル、絵柄を有し、州都バンダ・アチェに定住所がなければならない。また、政党メンバーはアチェ人50人、そのうち30%は女性であることも条件づけられている。
 同法案は11月中にユドヨノ大統領に提出され、12月には国会の審議に諮られることが期待されている。(Jakarta Post, 05/11/17)
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by NINDJA | 2005-11-17 11:00 | 和平への動き
ロスマウェの友人たちから届いた活動報告です。1カ月間の断食月も終わり、フルに活動が再開したようです。

○西クアラ・クルト村の報告
 2005年9月28日、まだサムドゥラ郡マタン・ウリムの仮設住宅に住んでおり、以前受け取ることができなかった小学生8人にジョンソン製自転車を供与しました。
 女性たちへのゴザ編みのパンダンの木を囲う柵/ヤギ支援は、まだ途中になっています。雨季に入り、いくつか障害が出ているからです。
 9月末から10月にかけて、雨がたくさん降り、竹を切るのが難しかったのです。10月半ばから切りはじめ、少しずつ集めているところです。竹はクタパン、トゥンゴ、グルンパンVII村で集めました。
 竹が集まってから、10月30日、西クアラ・クルト村を訪れましたが、雨のために道が悪くなっており、トラックが入ることができませんでした。そのため断食月明けの大祭が終わった11月9、10日、竹を西クアラ・クルト村に運びました。
 11月9日に運んだときは重すぎて、トラックがお隣のブラン・ニボン村(サムドゥラ郡)でぬかるみにはまってしまいました。そのため10日も輸送し、そのため輸送費が増えてしまいました。
 竹以外に柵をつくるための道具(釘、山刀、鍬、のこぎり、金槌)を11月11日に運ぶ予定です。
 ヤギ供与も、障害が出ています。第一に、雨季で土がぬかるんでいるため、仮設住宅では育てることができません。第二に、断食月です。竹の供与が終わったら、仮設住宅に住んでいる女性たちがヤギを育てる環境にあるか調べます。
 それ以外にも、10月1日から燃料費が値上がりしたことで、全般的に輸送費が値上がりしています。もともと30万ルピアの予算をつけていた輸送費が1回40万ルピアになりました。2回の輸送で済むはずでしたが、積載量が多かったことから3回になっています。(11月10日の報告)

c0035102_2382476.jpg○マタン・スリメン集落
 マタン・スリメン集落の水道設置もほぼ終了しました。ただ、いくつか問題が出ています。
 第一に、川から水を汲み上げるポンプが、当初考えていたものでは動力が足りず、村まで水を運ぶことができませんでした。そのため、70万ルピアのさらに大きなポンプに換えました。
 第二に、ポンプに接続する電線が、当初考えていた5万ルピアのものでは電流が弱く、9万ルピアのものに換えました。
 第三に、水槽のためのセメントを25袋必要だと考えていましたが、人びとがさらに大きな水槽を望んだため、あと6袋追加しなくてはなりませんでした(1袋2万5000ルピア)。(10月16日の報告)

c0035102_2384959.jpg○ブラン・ニボン村
 井戸と2つの水槽は完成しました。レンガが少しあまったため、人びとは3つ目の水槽をつくっています。
 パイプはやっと400m埋め終わりました。ただ断食月中なので、残りを埋めるのには時間がかかると思います。(10月16日の報告)

c0035102_2383838.jpg○ロッ・ウンチン村
 ロッ・ウンチン村の井戸(上の写真が掘りはじめたところ、下の写真はセメントで固めたところ)と2つの水槽は完成しました。しかし断食月中のため、パイプをいつ埋めるかはわかりません。ただ水量は多く、人びとは喜んでいます。
 漁具については、投網などは準備が完了し、あとは配布するだけです。アンベ(カニ獲りカゴ)は現在製作中です。 (10月16日の報告)
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by NINDJA | 2005-11-16 23:10 | NINDJAの救援活動