2004年12月26日に起きたスマトラ沖地震・津波でもっとも被害を受けたアチェ状況と支援活動について、インドネシア民主化支援ネットワーク(NINDJA)が伝えます。


by NINDJA
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 シャー・クアラ大学の学生たちは31日、アチェ行政法案が国会で可決されていないことについて、国会に対し失意を表明した。インドネシア政府と自由アチェ運動(GAM)が結んだ和平合意覚書では、3月31日を期限にアチェ行政法案を法制化すると定められていた。
 シャー・クアラ大学学生代表ハリッド・アシムは、アチェ行政法の遅延について、 2005年 8月 15日に調印されたインドネシアとGAMとの和平合意覚書への違反だと述べ、政府とGAMからの正式な説明を求めた。そして、早期対話と、最終期限として遅くとも2006年5月中旬までに法案を可決するよう訴えた。(Antara, 06/03/31)
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by nindja | 2006-03-31 12:00 | 和平への動き
 インドネシア世論調査機関(LSI)のアニス・バスウェダン所長は28日、アチェ住民1015人を対象に3月におこなった世論調査で、政府とGAMが和平合意に調印してから6カ月後の現在、住民が治安が回復したと感じる一方で、合意が以前のようにまた破綻するのではないかと不安を感じているという調査結果がでたことを明らかにした。アチェ和平の形は自由や正義があるというよりはむしろ、紛争がないという消極的なものであるという。
 調査では回答者の76%がアチェにおける治安状況が向上したと評価している。90%近くがアチェ監視使節団(AMM)と政府による治安維持に満足していると答えた一方で、76%が和平合意後に物価急騰と高い失業率により生活がさらに困窮したと答えた。
 また、大半のアチェ人は依然として政治を話題にすることに不安を感じており、半数以上が理由もなしに治安部隊に逮捕されるのではないかといまだに恐れている。そして約50%がGAMが分離独立の放棄に確信していない。
 地方政党の設立については、回答者の67%がを支持しており、64%が州知事と地方職への無所属立候補を支持すると答えた。
 アチェ行政法案作成に尽力した国会第2委員会副議長フェリー・ムルシダン・バルダンは、地方政党設立への支持が調査結果として出たことについて、住民の政治参加欲求のあらわれであると分析する一方、地方選挙のことを住民が知らないのは、独立選挙監視委員会(KIPP)の怠慢であると非難した。アチェ地方選挙は当初4月に予定されていたが、アチェ行政法案が通過するまでは延期される可能性がある。(Jakarta Post, 06/03/29)
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by NINDJA | 2006-03-29 12:00 | 和平への動き
 ブリュッセルに本部を置くシンクタンク・国際危機グループ(ICG)は29日、「アチェ:和平の正念場」と題された報告書のなかで、アチェにおける自治と選挙に関する自由アチェ運動(GAM)と政府間の認識の違いがすぐに解消されなければ、両者の和平合意が破綻する可能性があると警告した。
 3月末に成立する予定だったアチェ行政法案はいまだ可決されず、GAMの地方選挙参加の是非や元GAM兵士に対する補償などの問題も残っている。もっとも問題となっているのは、法案の文言をめぐる意見の相違で、法案ではアチェを「自治権限を譲渡された領土」としているのに対し、政府はあくまでも「特別地位を付与された州」だと主張している。
 ICGアジア・プログラム責任者ロバート・テンプラーは、これらの諸問題について、対処可能だが、和平の機運を維持するために中央政府と支援機関が問題の焦点を絞り、柔軟な姿勢をもつことが求められていると語った。(Jakarta Post, 06/03/29)
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by nindja | 2006-03-29 12:00 | 和平への動き
○東アチェ県シンパン・ウリム郡クアラ村の学校建設、完成間近
c0035102_2581833.jpg 仮設学校は完成間近です。壁のほとんどに板が張られ、屋根を残すのみとなりました。来週には完成予定です。
 ところでJRSが運び入れたテント(3月9日の活動報告を参照)の顛末です。JRSは村長に対し、テントを保健施設として使用するよう申し入れましたようです。テントを設置したあと、JRSが医者もしくは看護士を、1週間に2回派遣するとのこと。しかし、23日になっても、テントは放置されたままでした。
 なお被災者の家については、村長によれば、世銀が建設資金を出すようです。埋め立ては、ドイツのGTZからの支援でおこなわれます。

○西バクティア郡のバライ・プンガジアン
 ムナサ・ハグ村とブランデ・パヤ村のバライ・プンガジアン(コーラン詠みの練習場)建設もはじまりました。4日ほどで完成する予定です。(I)
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by NINDJA | 2006-03-23 23:50 | NINDJAの救援活動
 インドネシア環境フォーラム(WALHI)は22日、津波後のアチェの復興と再建のための木材需要に応えるため5カ所の森林事業権(HPH)が承認されたことを批判し、林業相に決定を破棄するよう求めた。
 HPH保持者は、アチェ・インティ・ティンバー社、ラムリ・ティンバー社、クルエン・サクティ社、ラジャ・ガルーダ・マス・レスタリ社、ナジュムサリム・イスラーム学校協同組合で、この5つの HPH地域は36万7550haにおよぶ。(TEMPO Interaktif, 06/03/23)
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by NINDJA | 2006-03-23 12:00 | その他
 アチェ行政法案のための国会特別委員会は22日、宗教指導者6人を呼び、同法案の宗教関連の条項に関してコメントを求めた。それらの宗教指導者は、同法案が各信徒の宗教行為を保証できるものであることを求めた。これらの宗教指導者のコメントは、4月中旬の完成を目標としている同法案の検討材料になる予定である。(Liputan6.com, 06/03/23)
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by NINDJA | 2006-03-23 12:00 | 和平への動き
 MS・カバン林業相は20日、復興と再建における木材供給のため、アチェで再び5カ所の森林事業権(HPH)が有効化されたことを明らかにした。以前、その森林事業権を保持していた5つの企業は、操業停止となっていた。しかし、アチェで木材加工の権限が与えられることになる。
 カバン林業相は、この5つのHPHを再び承認したのは、再建プロセスにおける木材を供給するためであると述べた。木材はアチェの生産林から伐採され、HPH保持企業に対しては特別な監視がつくという。(TEMPO Interaktif, 06/03/21)
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by NINDJA | 2006-03-21 12:00 | その他

●アチェでM5.7の地震

 19日11時25分ごろ、中アチェ県タケゴン南西25kmの地下33kmで地震が起きた。地震の大きさはM5.6であった。地震によって、住民の一部はパニックに陥ったが、被害はいまのところ報告されていない。この1週間のうちに3度の地震が発生し、震度が大きくなってきている。(TEMPO Interaktif, 06/03/19)
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by NINDJA | 2006-03-19 12:00 | 被災状況
○マタン・ラダ村のバライ・プンガジアン建設
c0035102_643363.jpg 先日ゴトン・ロヨン(相互扶助)によって、着工がおこなわれたスヌドン郡マタン・ラダ村のバライ・プンガジアン(コーラン詠みの練習場)建設の進行具合をたしかめに行きました。現場に着くと2人の大工さんが作業にあたっていました。トタンの屋根も取り付けられ、プンガジアンはほぼ完成に近いかたちでした。来週の水曜日には完成予定ということです。
 ところで、NINDJAの支援とは直接関係ありませんが、Jariのスタッフがマタン・ラダ村で聞いた家の支援の問題についてちょっと触れておこうと思います。マタン・ラダ村の隣村のバンタヤン村の住民は、津波で村が破壊されたためにマタン・ラダ村の土地に移住することになり、NGOのCordaidが家の支援をおこなうことになりました。Cordaidは建設会社と契約を結び、6m×4mの家を建てるための建築代金として1軒につき1200万ルピアを支払うことになりました。しかし、最終的に大工さんたちのもとに渡ったのは、1軒につき450万~600万ルピアだけで、これではとても足りず、建設作業がずっと滞っていたそうです。どうやら複数のブローカーが関与しているとのことです。
 先日は大手国際NGOの支援金の不正が地元でも大きく取り立たされましたが、津波後のアチェではこのような援助にまつわる不正行為がいたるレベルのところで聞かれます。Jariのスタッフも、援助によって人びとのモラルが破壊されてしまっていると嘆いています。

○西バクティア郡のバライ・プンガジアン建設
 マタン・ラダ村をあとにして、西バクティア郡ムナサ・ハグ村とブランデ・パヤ村のバライ・プンガジアン建設のため、木材と屋根につかう材料の買い付けです。ブランデ・パヤ村のプンガジアンについては、つかわれていない木材があるというので、建設資材の一部とすることにしました。
 その後、すぐ近くに紛争中よく銃撃戦が行われていたという橋があるというので、ちょっと足を伸ばしました。橋は、一面養殖池が広がる場所にある川の間をまたいで架かっていました。橋は木造で、車は通れずバイクがやっと2台通れるくらいの広さで、歩くと大きく揺れる代物です。橋の上からあたり一面を眺めると、本当にのどかな風景で、静かな場所でした。ついちょっと前までここで戦いがおこなわれていたということがとても信じられない感じがしました。でも、その橋の脇にあった掘っ立て小屋にはまだ銃弾の後が生々しく残っていました。GAMだけでなく、養殖池の番をしていた普通の住民も軍事作戦の犠牲になったといいます。
 津波によってインドネシアとGAMのあいだで和平合意が結ばれ、軍事作戦は終わりましたが、住民たちの記憶にはいまでも鮮明に紛争の記憶が残っています。30年近くも続いた紛争を終結にいたらせたのが数十万人の犠牲を出した自然災害であったという事実は、アチェの人たちには、どのような思いで受け止められているのでしょうか。津波後はじめてアチェを訪れたわたしには、その思いをおもんばかることしかできませんが、せめていまの平和がこれからもずっと続いてくれることを願わずにはいられません。(瑛)
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by NINDJA | 2006-03-18 22:50 | NINDJAの救援活動
○東アチェ県シンパン・ウリム郡クアラ村の仮設学校建設はじまる
c0035102_2493791.jpg 東アチェ県シンパン・ウリム郡クアラ村の仮設学校建設がはじまりました。8人の大工さんが建設にたずさわっています。ちなみに賃金は700万ルピア。当初の約束にしたがって、本日200万ルピア、以降2回にわたって支払います。
 今日は、ドイツのGTZもクアラ村に来ていました。村長さんによると、被災者の移転地(現在の位置から800mほど、つまり海から1kmほど内陸部で、現在は養殖池となっている)の埋め立てをするため、事前調査をおこなっているそうです。
 また、恒久的な学校を建設するNGOも、建設予定地の見学に来ていましたが、いつ建設がはじまるのか確実ではないようです。(I)
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by NINDJA | 2006-03-16 23:40 | NINDJAの救援活動